主婦仲間の小6の息子が荒れているという。
母に暴言を吐く。モノを投げる・蹴る。
学校をサボる。
どうやら私立中学お受験による精神的プレッシャーらしい。
ここらの小学校では一クラスに数人ずつ私立中を受験する子がいる。
受験する6年生の子たちはこの夏が正念場で、夏期講習に何万も振り込んだとか親も子も青っちろい顔をして「成績があがらない・・・」とか愚痴っている。
別の主婦仲間、彼女の娘もお受験組。
朝、ゴミだしでたまたま会ったとき、「今日うちの子、学校休ませたの。きのうも塾の宿題終わんなくて11時すぎまでやってたし、毎日受験勉強、大変だから。きょうなら学校も総合とか水泳とかだから休んでもいいかと思って、学校行かなくていいから午前中はゆっくり休んで、午後は塾の宿題しなさいってことで」。
・・・・・うーん。
また別の受験組の息子の話。
学校の宿題で「漢ド書き込み」というのがある。
ドリルの答えは普通はノートに書くのだが、学期の最後(ドリル終了時)にはドリル本体に答えを書く。
その「漢字ドリル書き込み」の宿題をおかあさんがやってあげたという。
「○ちゃんはいいから、塾の勉強してて。こんな学校の宿題なんておかあさんがやってあげるから」という姿が目に浮かぶ。
私がまず思ったのは「それをやれるのは、前提として『子供の字と母の字が同レベルじゃないとできない』ことだな!」と。
私も字には自信があるわけじゃないが、息子のヘロへロのヨレヨレの字よりはずいぶんマシだ。
私の字じゃーうますぎて息子の漢ド書き込みはやってあげられないな。・・・それだけ子供の字のレベルが高いってことだなあ。すばらしい。
・・・しかし、問題点はそこではないのだ。
塾が大変だから学校を休ませることも、学校の宿題を親がやってやることも、どうなんだろう。
それでいいのだという価値観を小学生のうちから子供が身につけてしまうことはどうなんだろうか。
それって自分に関係ないことはやらなくていい、という限りなく自己中な考えなのでは?
それを親の主導でやってしまうことは???
私だってそれこそコドモを小3くらいからお受験ラインに乗せて突っ走ってきたとしたら「小6の今になってやめる」ことがどれだけの損失かくらい想像つく。
何年間もそのためにかけてきたお金と精神的・物理的なエネルギーを思うと、今さらやめられるわけなんてないのだ。
「あと半年じゃない。なんとかがんばってよ。おかあさんがやれることは何でもかわってあげるし、学校だってくだらないことやってるから休んでいいのよ。あなたは受験勉強だけしてればいいのよ。」
・・・そんな母親に自分がなることだって想像できる。
だから、初めに書いたストレスで暴力をふるう子だって、「子供が精神的にかなり追い詰められているからお受験そのものを見直すか、ちょっと休ませたらいいのでは・・・」と心の中で思っても、何も言えない。
それぞれの家庭の考え方や方針なので、他人が批判したり口を出したりすべきことではないのだ。
よそんちの子が受験のプレッシャーで家庭内暴力をふるったところで、私が解決のために実際してあげられることはない。
何もしてあげられない以上、口出しもするべきではない。
お金を出しエネルギーを裂いているのはその子の親なのだから。うちは受験組でもないので共感すらしてやれない。
だけど・・・親子ともに「見えなくなっている」ことがこわいと思う。
自分のコドモがそんな思いをしたらいたたまれないとも思うし、誤った価値観を身につけてもほしくない。
未来ある子供たちが心に傷を負ったり間違った考え方を身につけてしまったりするのは、その子の将来にとって決してプラスではないと思うとき、うーーん、ちょっと待ってよ、違うんじゃない?と思うのだ。
母に暴言を吐く。モノを投げる・蹴る。
学校をサボる。
どうやら私立中学お受験による精神的プレッシャーらしい。
ここらの小学校では一クラスに数人ずつ私立中を受験する子がいる。
受験する6年生の子たちはこの夏が正念場で、夏期講習に何万も振り込んだとか親も子も青っちろい顔をして「成績があがらない・・・」とか愚痴っている。
別の主婦仲間、彼女の娘もお受験組。
朝、ゴミだしでたまたま会ったとき、「今日うちの子、学校休ませたの。きのうも塾の宿題終わんなくて11時すぎまでやってたし、毎日受験勉強、大変だから。きょうなら学校も総合とか水泳とかだから休んでもいいかと思って、学校行かなくていいから午前中はゆっくり休んで、午後は塾の宿題しなさいってことで」。
・・・・・うーん。
また別の受験組の息子の話。
学校の宿題で「漢ド書き込み」というのがある。
ドリルの答えは普通はノートに書くのだが、学期の最後(ドリル終了時)にはドリル本体に答えを書く。
その「漢字ドリル書き込み」の宿題をおかあさんがやってあげたという。
「○ちゃんはいいから、塾の勉強してて。こんな学校の宿題なんておかあさんがやってあげるから」という姿が目に浮かぶ。
私がまず思ったのは「それをやれるのは、前提として『子供の字と母の字が同レベルじゃないとできない』ことだな!」と。
私も字には自信があるわけじゃないが、息子のヘロへロのヨレヨレの字よりはずいぶんマシだ。
私の字じゃーうますぎて息子の漢ド書き込みはやってあげられないな。・・・それだけ子供の字のレベルが高いってことだなあ。すばらしい。
・・・しかし、問題点はそこではないのだ。
塾が大変だから学校を休ませることも、学校の宿題を親がやってやることも、どうなんだろう。
それでいいのだという価値観を小学生のうちから子供が身につけてしまうことはどうなんだろうか。
それって自分に関係ないことはやらなくていい、という限りなく自己中な考えなのでは?
それを親の主導でやってしまうことは???
私だってそれこそコドモを小3くらいからお受験ラインに乗せて突っ走ってきたとしたら「小6の今になってやめる」ことがどれだけの損失かくらい想像つく。
何年間もそのためにかけてきたお金と精神的・物理的なエネルギーを思うと、今さらやめられるわけなんてないのだ。
「あと半年じゃない。なんとかがんばってよ。おかあさんがやれることは何でもかわってあげるし、学校だってくだらないことやってるから休んでいいのよ。あなたは受験勉強だけしてればいいのよ。」
・・・そんな母親に自分がなることだって想像できる。
だから、初めに書いたストレスで暴力をふるう子だって、「子供が精神的にかなり追い詰められているからお受験そのものを見直すか、ちょっと休ませたらいいのでは・・・」と心の中で思っても、何も言えない。
それぞれの家庭の考え方や方針なので、他人が批判したり口を出したりすべきことではないのだ。
よそんちの子が受験のプレッシャーで家庭内暴力をふるったところで、私が解決のために実際してあげられることはない。
何もしてあげられない以上、口出しもするべきではない。
お金を出しエネルギーを裂いているのはその子の親なのだから。うちは受験組でもないので共感すらしてやれない。
だけど・・・親子ともに「見えなくなっている」ことがこわいと思う。
自分のコドモがそんな思いをしたらいたたまれないとも思うし、誤った価値観を身につけてもほしくない。
未来ある子供たちが心に傷を負ったり間違った考え方を身につけてしまったりするのは、その子の将来にとって決してプラスではないと思うとき、うーーん、ちょっと待ってよ、違うんじゃない?と思うのだ。
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