「牛丼、販売休止」である。
ここ数年牛丼には大変お世話になっていたのに。
「早い・うまい・コドモが喜ぶ」。
冷凍吉野家牛丼の具はうちの冷凍庫の常備品。
レトルトで冷凍してあるのでご飯のメニューを考えるのがめんどうなときや作るのがめんどうなとき重宝する。
親子で吉野家の店内で食べたのは2度ほどか。
さすがにファミレスとも違って、店内が見渡せるとかやけに静かとか、食べたらすぐに片付けられてしまいすぐに出なくちゃいけないとか、あの独特の雰囲気が私はあまり好きになれなかった。
でもコドモたちは牛丼大好き。
何度かテイクアウトしても食べたし、冷凍の牛丼はここ数年いつも冷凍庫にあった。
めんどうなときは牛丼、と月に2・3回は食べていた牛丼なのにあの味がもう食べられないとは残念なことだ。
私が初めて「牛丼」を知ったのは高校生のとき。
田舎の高校生だった私は、東京に予備校の夏季講習を受けに行った友人の話を聞く。
友人は夏休みを利用して親戚の住む都内に泊まって予備校に通っていたのだが東京ライフも体験してきていた。
「東京には大きなビルがたくさんあって・・・人がたくさんいて外国の人もいて・・」と友人は目を輝かせて語ったものだったが、その話の中に「牛丼」と「シェイク」が出てきたのだ。
「東京には『牛丼』といううまい食べ物がある。
ごはんの上に甘辛く煮た肉がたっぷりかかっていて生卵と混ぜて食べると最高にうまい」。
「東京のハンバーガー屋には『シェイク』という飲み物がある。
アイスクリームがとろけたみたいな飲み物で一度飲んだら病みつき」。
・・・・飲み物といったら部活帰りのコーヒー牛乳が最高にしゃれててうまいと思っていた私は、その「シェイク」という都会の響きのする言葉を持つナゾの飲み物にかなり心を奪われた。
そして「牛丼」。
母の手料理において肉はあくまでも野菜の味付けのため。
「肉」が主体の料理なんてあまり食べたこともなかった。
歴史に登場する「文明開化の音がする」の言葉ともあいまって(これは牛鍋だが・・)なんだか「牛丼」という言葉もかなり都会の香りがした。
このために都内の大学に進学した・・・というわけでもないが、学生になってつきあい始めたオトコに真っ先に連れて行ってもらったのは「吉野家」。
都会育ちのオトコはさぞフシギに思ったことだろう。
夜中近くの薄暗い店内でいかついおっさんたちが無言で牛丼をかきこんでいる・・・そんな中に入っていった18歳の私はかなり浮いていたらしくビシビシと視線を感じたのを覚えている。
牛丼そのものはおいしかったが、長居もできないその独特の雰囲気にその後はずっと遠ざかっていた。
今、新聞やニュースで販売休止と聞くたびに「ああ、昔は『牛丼』っていううまい食べ物があったよねえ」と昔語りをするようになるのかなあと思う。
実はうちの冷凍庫にはあと4袋冷凍牛丼がある。
聞けばネットオークションに出すと高く売れるとか・・・。
でもいいんだ。
バレンタインのきょう食っちまおう!
さらば牛丼。また会う日まで。
ここ数年牛丼には大変お世話になっていたのに。
「早い・うまい・コドモが喜ぶ」。
冷凍吉野家牛丼の具はうちの冷凍庫の常備品。
レトルトで冷凍してあるのでご飯のメニューを考えるのがめんどうなときや作るのがめんどうなとき重宝する。
親子で吉野家の店内で食べたのは2度ほどか。
さすがにファミレスとも違って、店内が見渡せるとかやけに静かとか、食べたらすぐに片付けられてしまいすぐに出なくちゃいけないとか、あの独特の雰囲気が私はあまり好きになれなかった。
でもコドモたちは牛丼大好き。
何度かテイクアウトしても食べたし、冷凍の牛丼はここ数年いつも冷凍庫にあった。
めんどうなときは牛丼、と月に2・3回は食べていた牛丼なのにあの味がもう食べられないとは残念なことだ。
私が初めて「牛丼」を知ったのは高校生のとき。
田舎の高校生だった私は、東京に予備校の夏季講習を受けに行った友人の話を聞く。
友人は夏休みを利用して親戚の住む都内に泊まって予備校に通っていたのだが東京ライフも体験してきていた。
「東京には大きなビルがたくさんあって・・・人がたくさんいて外国の人もいて・・」と友人は目を輝かせて語ったものだったが、その話の中に「牛丼」と「シェイク」が出てきたのだ。
「東京には『牛丼』といううまい食べ物がある。
ごはんの上に甘辛く煮た肉がたっぷりかかっていて生卵と混ぜて食べると最高にうまい」。
「東京のハンバーガー屋には『シェイク』という飲み物がある。
アイスクリームがとろけたみたいな飲み物で一度飲んだら病みつき」。
・・・・飲み物といったら部活帰りのコーヒー牛乳が最高にしゃれててうまいと思っていた私は、その「シェイク」という都会の響きのする言葉を持つナゾの飲み物にかなり心を奪われた。
そして「牛丼」。
母の手料理において肉はあくまでも野菜の味付けのため。
「肉」が主体の料理なんてあまり食べたこともなかった。
歴史に登場する「文明開化の音がする」の言葉ともあいまって(これは牛鍋だが・・)なんだか「牛丼」という言葉もかなり都会の香りがした。
このために都内の大学に進学した・・・というわけでもないが、学生になってつきあい始めたオトコに真っ先に連れて行ってもらったのは「吉野家」。
都会育ちのオトコはさぞフシギに思ったことだろう。
夜中近くの薄暗い店内でいかついおっさんたちが無言で牛丼をかきこんでいる・・・そんな中に入っていった18歳の私はかなり浮いていたらしくビシビシと視線を感じたのを覚えている。
牛丼そのものはおいしかったが、長居もできないその独特の雰囲気にその後はずっと遠ざかっていた。
今、新聞やニュースで販売休止と聞くたびに「ああ、昔は『牛丼』っていううまい食べ物があったよねえ」と昔語りをするようになるのかなあと思う。
実はうちの冷凍庫にはあと4袋冷凍牛丼がある。
聞けばネットオークションに出すと高く売れるとか・・・。
でもいいんだ。
バレンタインのきょう食っちまおう!
さらば牛丼。また会う日まで。
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