沈む瀬あれば

2004年9月11日 日常
コドモたちとテレビを見ていたらお金持ちの家族が出てきた。

手入れの行き届いた広い緑の芝生。
要塞のようなドでかい家。
庭にはちょっと小ぶりの一軒屋かと思われるような犬小屋にレトリバーが2匹。
医者をしているというおとうさんに品のよさそうなおかあさん。
ブラウスにスカートといういでたちの小学生の娘たち。
上の子は「夏休みのたびにハワイやオーストラリアで集めた」というしゃれた小物入れを飾るのが趣味だという。

コドモたちが「いいなあー。服装がまずちがうしー」。
うちの子たちのようなTシャツ短パンではない。
ま、おかあさまも私のようにジャージではないか・・・。

「私ももっと金持ちの人と結婚すればよかったかなあ・・・」と思わず独り言が出る。
数日前、娘の矯正歯科の支払いのことやコドモたちの教育費のことでダンナとお金の話をし、ため息をついたばかりだったから。
今の生活はなんとか回っていても、これからの出費を考えると頭が痛い。

私が結婚するとき、教員一族の父母に大反対されたことを思い出す。
先生なんて仕事のわりには特に給料が高いわけでもないし、先生となんて絶対結婚しない!と思っていた私は、父母のその考えにものすごく反発した。
でも今なら・・・父母が言いたかったことというのは「裕福な暮らし」ではなくて「安定した経済状態のありがたさ」だったのかなと思う。

お金がすべてじゃないことくらいわかっている。
でもお金がないと気持ちがすさむ。
豊かな気持ちでいられるのはやっぱり経済的な安定があってこそ。

「おかあさんがもっとお金持ちの人と結婚してれば、あんたたちにもっといい思いさせてあげられたのになあ。夏休みにはハワイ行ったりしてさー」などと言っていると・・・
息子「でもそれってオレたちじゃないじゃん」。
娘「別の人だったら別の子たちだよ」。

・・・あっそうか。
今、ここでこの息子と娘といっしょにいるこの時間。
これって今のダンナと結婚したからこそ、なのか。
と当たり前のことだがあらためて気がついたような気分。

と思いながらご教訓日めくりカレンダーをめくると、タイムリーなお言葉が。
「沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり」。
・・人生落ちぶれることもあれば栄えることもある。いま不幸であっても次にはよいことが待っている。という意味。

そうだなあ。
先のことを心配したってしょうがない。
今のこの生活でそれなりに衣食住足りて生活しているんだから、文句を言ったらバチがあたるというものかな。
そのうち私もガンガン稼くぞー。

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