冬立つ日に

2006年11月7日 日常
朝は6時に起きる。
新聞をとりに玄関を開けると、朝方までの雨はやみ空気がしっとりと枯れ葉の匂いをふくんでいる。
ああ・・・冬の匂いだ。
何かきのうまでの空気と違う。

と思ってニュースを見たら本日は「立冬」。
最近は11月も暖かくて仕事のときはまだ半そで着用。
季節感がないけれどもう立冬なんだなあ。

そろそろ寒くなる頃だろうと北国の父母に電話する。
以前は忙しさにかまけて一ヶ月に一度電話すればいいほうだった。
でも父母も年老いてきていつどうなるかなんだか心配。
何かあったって「心配させるから」と気遣ってわざわざ私に連絡してよこすこともない。
最近は週に一度はこっちから電話するようにしている。

まず父が出て、冬支度のために木をきったとかチューリップの球根をほりかえしたとか冬野菜の世話が忙しいとか、そんな話をする。
実家の冬枯れの情景が頭に浮かんできてなつかしくなる。

母に電話をかわって近所の人たちの話や妹たちの話を聞く。
老人の二人暮らしだが周りの人たちと行き来して心穏やかに暮らしている様子。
母は心臓が悪く、冬の寒さはあまり体によくないらしく、「うん。まあ寝たり起きたりだね。無理しないようにするから」と言う。

電話を切った後に「ああ・・・私はどうしてこんなところにいるんだろう」とふと思ってしまい、そう思ってしまった自分が悲しくなる。
父母の近くにいれば、ちょくちょく顔を出してあげられるのに。
先日父が熱を出したというが、そんなときだってすぐに行ってあげられるのに。
母は1時間に一本しかないバスで病院通いをしているが、それだって近くにいれば車で送ってあげられるのに・・・。

交通が便利になって新幹線を使えば3時間もあれば実家に着く。
思っているより距離は遠くない。
行こうと思えば日帰りだってじゅうぶんできる。
でもひとり往復2万5千円と思うと・・・。
子供の教育費にお金がかかり1000円でも500円でも出費をためらう。
距離よりお金のハードルのほうが高い。

父母の反対を押し切って実家から遠く離れたこの地にきたのは自分の選択だったはず・・・。
でも、今の私はなんだろう。
今、この家はどうしても「仮住まい」にしか思えない。
近いうち息子も娘も離れていくだろう。
そうしたらダンナともいっしょにいる必要はない。
父母だって元気でいるのはそう長くないかもしれない。
ここらはヘンに都会なので近所の人たちとのつながりはものすごく薄い。
なんだか最近そんなことを考えてものすごく寂しくなることがある。
実家の近くに住んでいたらこんなことは思わないですんだんだろうな。

お盆と年末年始は毎年実家で過ごしていた。
でも今年は・・・息子が受験を控えて「ばーちゃんちに行ってる余裕はないと思う」と先日から自分で言い始めた。
いよいようちの受験生も11月になり少しアセってきたよう。
私は・・・?
受験生の母としては息子がそう言うなら、ここにいるべきだろう。
が、年老いた父母の娘としては、じいちゃんばあちゃんに二人っきりで正月を迎えさせるなんてさびしいことはさせたくない。
というよりいちばんの本音は、こんなせまいところで年末年始の何日間もダンナと顔つきあわせていたくない・・・。
どうせ「金がない」からダンナはずっと家にいてテレビを見てゴロゴロしているだけだろうし。
そんなの最悪の年末年始だ・・・。
ふうー。

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