バレンタインの意味も時代とともに移り変わってるなあと感じる今日このごろ。
昔、というか自分が若いころは「好きな男の子にドキドキしながら告白する日」であり、そのツールとしてチョコレートがあった。
・・・過去形。

バレンタインデイに関して言えば、うちで一番ドキドキして当日を迎えたのは娘。
男の子にあげるからドキドキしていたんじゃなくて、「友チョコ」の駆け引きにドキドキしていた。

娘の話を聞いた限りでは、「友チョコ」の線引きはなかなかにシビア。
いつもつるんでいる友達にはもちろんあげる。
仲間じゃない子にはあげない。
その中間に位置づけする子に対しては、あげといてトクする子にはあげるしそうでない子にはあげない。
・・・とその「あげるあげない」が残酷だなあーと思えるくらいだ。
小6くらいの子はそんな時期かなとも思うけど、みんながそんなふうに友達を値踏みして「あげるあげない」を決めてるのかなあと思うと、なんかちょっとね・・・。
男の子にあげる、ってドキドキしてるほうがまだ健全かな、なんて思えてしまう。

日曜日に父や兄にあげる分と友チョコで10人分ほど作成し、火曜日袋詰めしてカバンに隠して学校に持って行った娘。
強い口調で「あげるあげない」を論じていたときと違って、フクザツな表情で気落ちして帰ってきた。
「はい。おかあさんに」とランドセルからチョコが入った袋を力なく取り出す娘。
「あれ?○ちゃんからおかあさんに?」と聞くと、娘「うん。私も○ちゃんのおかあさんにあげた。あまったから」とがっくりした口調で言う。

聞くと、前もって探りを入れて友チョコをあげる人を決めて持って行ったのに、2人からはもらえなかったからあげなかったという。
あげた人同士で「あまったけどどうする?」と話した結果、「じゃお世話になってるおかあさん同士にあげっこする?」となったらしい。
「・・・△ちゃんは友達だと思ってたのに、友達じゃないと思われてたんだなあ。×ちゃんも・・・」と娘。
友チョコ。友達からはずれないように、と日々気を使っているこの時期の女の子には、男の子にあげるチョコより大変そうだ。

さて、今までバレンタインには全く縁がなかった息子。
それでも妹と母からはもらえてたんだけどね。
学校から帰ってきた表情がちょっと明るい。
「どうした?もらった?」と聞くと、ポーカーフェイスを気取りながらも口のはしっこの笑いをかくしきれない。

「・・・教えねーし!」という言葉が口からでるものの顔には「もらえてよかったー♪」と書いてある。
しかも、部屋にはチョコが入っていた袋が2枚くしゃくしゃになってノートや教科書といっしょに散乱。
いやーどこかの気のきいた女の子がふたりもうちの愚息にチョコレートをめぐんでくれたのね。
ありがたいことです。

そしてダンナ。
女性が多い職場に勤めているので、毎年のチョコレートが楽しみ(←私が)。
風呂も入って歯磨きもしてさあ寝るか、という夜の11時ごろに大きな紙袋を3個下げて帰宅。
「いやー今年もお返しが大変だ・・・」と言いつつテーブルの上にチョコを並べ、誰から何をいただいたかメモをとるダンナ。
「ちゃんと返さないと女の人はあとが大変だから」と。
まあ、人からは「女性に囲まれてうらやましい職場」と言われるらしいが、確かにめんどうなことが多そう。
女の人は平等に接しないとあとがこわい。
ちょっとした一言がセクハラになったりちょっとした言動がウワサになったりして職場にいられなくなった男性もいるというし。

小箱ながらもゴディバやゴンチャロフ・ヒルトンホテルのチョコ・帝国ホテルのチョコ・ロイズの生チョコ・小樽や神戸のナントカというチョコなどなど今年も豊作。
「歯磨きしたし夜中だから食べない!」と言ってはみたものの、弱い自分に負けてしまいました・・・。
風呂上りの娘も来て夜中のチョコレート祭りとなった。

魔法の箱

2006年2月14日 日常
あえてパソを開かないでおいた一週間。
いろいろとやることがあるのに、電源入れたらアレーと思う間に2時間は過ぎてしまうだろうから。

パソは危険な魔法の箱。
ううーん、これってコタツといっしょ。
一度足を入れてしまったが最後、ぬくぬくと暖まってテレビなんぞぼーっと見てしまって食べたくもないのにせんべいやみかんなども食してしまって・・・ハッと気づいたときは寝てしまっている・・・。
コタツで怠惰で甘美なひとときを過ごした後のちょっと後ろめたい気分って、パソで何時間も過ごした後の気分と似てるな。
いろいろなことができたはずの時間をムダに使っちゃったよー・・・みたいな。

コタツがあるとみんながゴロゴロするしモノはコタツの周りに集まってくるし、なのでうちは今はテーブル・イス式のものにしている。
イスだと座り込むことがないからいいんたけど、床置きのと違って暖まらないんだな。
眠くなっても寝られないからまあいいんだけどね。

息子にとってはケータイが魔法の箱らしい。
つい手にとってサイトを見たりゲームをしたりしているうちに時間がたってしまう。なければないですむのにー、と。
・・・先月の息子のケータイ、40万パケットでした。
パケホでファミ割で1万ちょっとですんだものの、ちゃんと払っていたらどんだけ???
いろいろするのにも飽きた私のケータイなんていつも500パケットくらいだよ?

先月は息子、ケータイでズーキーパー(動物を揃えて消していくパズルゲーム)にハマっていた。
そんな姿を見るとオタクの血が萌えるのか、娘は昔使っていたテトリスを出してきた。
キーホルダーがついたちっこいヤツ。
ふたりでピコピコ。
2年ほど前にだいありー仲間でズーキーパーがはやったときがあって、なつかしくて私もケータイでズーキーパーにハマる。
簡単にできるからやり始めたらハマるー♪

パソコン版はコチラ→
http://jp.shockwave.com/games/puzzle/actionpuzzle/zookeeper/play.html
パソ版は2万点いけばスゴイ!と思うけど、ケータイ版はやりやすくてもうちょっとで10万点超えいくか?というところ。
娘にこの前94000点出されたのでくやしいー。
もうホント、なければないですむのに、私にとってもケータイは魔法の箱になりつつあるなあ。

働けど働けど

2006年2月8日 日常
今週はお仕事週間。
コドモがカゼなどでお休みする人が多いらしく稼動できるメンバーが少ないらしい。
保育園や小学校低学年の子のおかあさんが多いので大変だろうな。

いつものパターンに加えて、「磯野さん、どう?もうひとつ行ける?」とか「もっとお仕事あるよ」とか社員さんに言われ、一件もう一件と追加していくうちに今週はびっちり埋まってしまった。
このご時勢、働けるということはありがたいことです。
春は出費がかさむし、ちょうど今稼いでおくといいかなー。

それに外に出ると元気になる。
私はもともとオタク気質なインドア派なので、人と会わずに自分の世界にこもっていられるなら(ゲームとか本とか映画とか)それはそれでしあわせ。
でもそんなのが続くと「人としてどうよ?」と自問自答してしまうので、適当に外に出て人と会う状況になっているのがいい。
介護の仕事は意外と天職?と思うほど、その状況になると「ヘルパー磯野」の人格が降臨してきて、「気の効く元気で明るい人」になれる。
もともと人格を演じるのは得意だったんだけどね。

それでも、こうして働いたお金は右から左へとコドモ費に消えてしまう。
塾代に万札がどんどん消えていくし、春休みは息子はスキーに行くとか娘はディズニーランドに行くとか。
自分が行くんじゃないのに。
春になったらここんところぐんぐんと伸びていく息子と娘のお洋服代も必要だし。
私は「ブティックしま(注・ファッションセンターしまむら)」とかユニクロの服なのにー。
娘、中学に入ればなんの部活に入るか知らないけど費用がかかるし。
普通の公立中学で、教育費はかからないはずなのにこんな状態・・・。
「働けど働けど わが暮らし楽にならざり じっと手を見る」。
石川啄木先生の句を思うのだった。

が。まあしょうがないのか。
今をさかのぼること20年ウン年前、私が東京で一人暮らしをして大学に行っていたとき、娘への仕送りのため父母も「一日500円見当で生活していた」と言ってたもんなあ。
そんなことはいっさい知らないでお金の心配なんかしないでやりたいことはやらせてもらったから、順番なんだろう。

高い買い物はできないけど、主婦友たちとランチ行ったり娘と回転寿司に行ったり、一人で映画見に行って帰りに駅弁大会で弁当買って帰ったりできるのは自分の自由になるお金があるからだし。
コドモの教育費だろうがなんだろうが働く目的が明確だとはりあいもあるしね。
・・・と自分に言い聞かせてがんばろうっ。

春は名のみの

2006年2月4日 日常
♪春は名のみの 風の寒さや

はい。「早春賦」です。
「立春」の本日。日差しは明るいけど風が冷たいー・・・。

朝起きたらやけにハラが重い。なぜ?
おおっそうだった。
きのうの恵方巻きが効いてるに違いない。

去年まではそんなに種類がなかった恵方巻。
今年のスーパーのコーナーにはさまざまな種類が。
定番・カツ巻き・まわりを薄焼き卵でくるんだ鳥サラダ巻き・おいなりの皮で巻いたいなり巻き、などなどバラエティ豊か。
甘辛いおいなり巻きに心を惹かれたが1本600円近くてお高い。
定番のほかにサラダ巻きハーフという半分のヤツを購入。

で、定番の恵方巻きのほかにサラダ巻き、そして今年は流れにのってイワシの天ぷらをのせた節分ソバがメニューに仲間入り。
天ぷらは惣菜コーナーで買ったもんだけど、イワシ天ぷらソバはけっこうイケた。
食べ過ぎてハラが苦しいー。

今年は初めて「節分豆難民」になってしまった。
夕方6時過ぎに豆を買いに行ったらどこも売り切れ。
車を飛ばしてスーパー3軒ハシゴ。
節分豆なんてお店に行けばあちこちで山積みされていたから、まさか買いっぱぐれるなんて。

駐車場でたまたま主婦友に会ったときも「5時ごろ買いに行ったときはいっぱいあったよ」と言ってたのに。
2軒目のスーパーでは「10分前に売り切れたところ」・・・。
3軒目でお店の人が段ボールから並べていたので聞くと、「ふつうのは売り切れ。こっちならあるよ」と出してきたのは北海道産のこだわり大豆を使った節分豆、一袋300円。
うわー、ふつうのは100円から150円なのにー。
しょうがないから、砂糖がけの豆を購入。

きのうはダンナはいないし息子もスキー合宿でいないし、娘と豆まき。
娘は「味がついてるのにもったいない」と、半分以上ポリポリ食べていた。
いやー男たちがいないと心が乱されることなく平穏に過ごせますな。
豆を見て、今はなきハムちゃんズを思いだす。
毎年ハムちゃんたちは節分豆を両手で持っていっしょうけんめい食べていたなあ・・・。
というか、地雷は生活のあちこちにあって、きゅうりのしっぽとかかぼちゃのタネとかぶどうパンのぶどうとか、「ああハムちゃん・・・」と思うことはたくさん。
死ぬとかわいそうだからもうハム飼いはやめる!と思うけど、暖かくなったらきっとまた飼っちゃうんだろうなあ。

節分メニュー

2006年2月1日 日常
スーパーやコンビニに行くと節分用の「恵方巻(えほうまき)」が売り場に並んでいる。
鬼のお面といっしょに豆やひいらぎも山積みされている。
毎度のことながらスーパーの店先で季節を感じるワタシ。
風の色や空気の匂いで季節を感じたいものですな。

節分は2月3日だよ?とは思うが、うちみたいにクリスマスを12月22日にやっちゃうウチもあるしな。
節分となるといよいよ春が近いなあーとちょっと華やいだ気分に。

結婚してこちらに来て十数年。
冬なのに外にふとんが干せるし洗濯物も外干しでカラリと乾くし過ごしやすい関東の冬だから、考えてみれば別にそれほど強く春を待ちわびるというわけでもない。
毎日雲ひとつない青空で空気は澄んでいて、からっ風さえなければここらでは冬はなかなか快適な季節だ。
それでも北国育ちのDNAがなせる業なのか、なーんか「春を待つ気持ち」になっちゃうんだなあ。

節分といえば、次の日は立春。暦の上では春。
今年は恵方巻を予約してみた。
予約しなくても買いっぱぐれることもないが、予約特典として「方位磁石」がもらえるというので。
どうせ恵方巻は買うんだし、タダでくれるもんはもらったほうがいいでしょー。

今年の恵方は「南南東」。
磁石の使い道はその正確な方位をみるくらいだなと思っていたが、方向オンチの私には頼もしい味方になりそう。
介護のお仕事は車移動。
知っている道ならともかく、私は地図も読めないしさっぱり道が覚えられない。
一度行った道でも、逆方向になると景色が違うので戻れない。
知らない道で「この方向に行けばだいたいここらに出るだろう」というカンはことごとくハズれる。
住宅街で迷子になってしまい、自分のケータイのGPS機能で現在地を調べたことも何度もある。

ここらでは「樹海」と呼ばれる地域が何箇所かある。
それは区画整理前の住宅街。
畑だったところに家を建てては道を作って広げていったので、道の方向が一定していないし入りくんでいる。
同じような家が立ち並ぶので目印もない。
私のような方向音痴は、一度ハマってしまうとグルグルとさまよい続けるのだった・・・。

どこにいるのかわからなくなるのは方角がわからなくなるから。
方位磁石があればそんなときに役にたちそうだ。
ドライブのお供に方位磁石♪

さてさて。「恵方巻」はいいとして、今年初めて見たのは「節分ソバ」。
恵方巻みたいにソバが海苔に巻いてあるの?と思ったがどうやら違うみたいで普通の日本ソバ。
説明を読むと「立春の前日の節分は冬から春への節目の日。年越しなので幸せを願ってソバをいただきましょう」とのこと。
ソバ業界の新商法?
ま、太巻きといわしとソバだったらそれほどヘンな取り合わせでもない。
「クリスマスはケーキ・チキン・シャンメリー」みたいに、かえって「節分メニュー」として定着してくれればラクでいいかもね。
訪問介護で新しいお宅に行く。
遠く富士山も見渡せるマンションの15階に住む老夫婦。
新しいマンションは窓が大きくて景観もすばらしく、床暖房やオール電化など設備も最新。
こじんまりとしたリビングは老夫婦には暮らしやすそうで、窓越しの日差しも暖かくサンルームのよう。

あまりにも快適なマンションに感心し、帰り道、先輩ヘルパーさんと話す。
「私も年とったらあんな便利なマンションにひとりで暮らしたいなあー」。
「ああ、ダンナなしでね」。
「ときどきヘルパーさんに来てもらってお掃除してもらって、食事作ってもらったりね」。
「いいよね。理想だよね」。

そこで思わず口から出た言葉。
「どうせヘルパーさんに来てもらうんならオバチャンじゃなくて若い男の子がいいなあ。WATの小池くんみたいな」。
「うわー。たまんないねっ!」。
盛り上がる私たち。

というのも・・・ヘルパーステーションでときどき「エロじじい」と話題にのぼるFさんがいる。
Fさん、80代だがまるっきり元気で、特にヘルパーさんの手助けなど必要なさそう。
それでも、お話相手だとか入浴見守りだとかのために週に何回かヘルパーが入る。
「入浴介助」と「入浴見守り」は利用者さんの体にさわるかさわらないかの違い。
自分で入浴はできるけど、滑って転んだりふらついたり何かあったら心配、という利用者さんの場合は「入浴見守り」で、お風呂場の外で待機するのが普通。

私がFさん宅に初回訪問したときに連れて行ってくれたのは、30ちょっとの若くてきれいなヘルパーさん。
Fさんの場合は「入浴見守り」なので脱衣所待機で体には触らない、はずだが・・・
「ちょっと心配だからこっち来てくれ」と若いヘルパーさんを風呂場内に誘うFさん。

Fさん、若いヘルパーさんとあれこれ世間話をしながら入浴しつつも「いっしょに入ってくれや」とか「背中こすってくれ」とか、背中流すと「シモのほうも洗ってほしいんだけどなあ」とか・・・。
若いヘルパーさんの笑顔がだんだんひきつっていくのがわかる。

入浴後、話の中に「いやー若くてきれいなヘルパーさんに来てもらっているおかげで若返るよ」という言葉。
ううーん・・・Fさんとしては悪気はなさそう。
頬を赤らめてうれしそうに若い女の子をからかってるといったところかな。
帰り道、「いつもFさんああで。いやになっちゃう。・・・エロじじい!」と声をひそめて若いヘルパーさん。

ところが。
私が次回訪問したときは、「脱衣所は寒いから」と風呂場内に誘われたものの、ヘンな会話はいっさいなし。
それどころか「天皇家の未来」とか「マンション耐震偽造疑惑問題」とかのちょっとかたい話題に。
エロじじいどころかごく普通の人、という印象だった。

ステーションに戻ってそんな話をする。
どうやらFさん、若いヘルパーさんが希望らしいのだが、「いっしょに風呂入れ」とからかうのがひどいために最近は私などちょいとオバサンが入るようにしたとのこと。
じゃあ私が行ったらFさんにとっては希望ではないわけだ。
・・・それもなあ。

まあ、自分がジイサンである程度元気なら、どうせ来てもらうんなら若くてきれいなオネエチャンのほうがいいよなあ。
オネエチャンがそばにいてお茶入れてくれて、からかったりしながらお話するだけで若返る気がする、というのも全くそのとおりだ。

私がバアサンになったら・・・
快適なマンションに一人暮らしして、ときどき小池くんやウエンツみたいな元気な若いヘルパーさんに来てもらおう。
イケメン男子はまだ訪問介護の業界には見かけないけど、需要があるだろうからこれからは出てくるかも。
「まあまあお掃除はいいから。ここに座ってお話しましょ」なんて、小池くんのために買ってきたお菓子などを出して茶を入れる。
いいかも!
小池くんと茶を飲み、お話するだけできっと若返るだろうなー。
ヘルパーステーションで「磯野さん?ああー手握られたりしてちょっと困るんだよねえ・・・」なんてウワサ話にならないよう気をつけなくちゃ。

春を待つ

2006年1月22日 日常
きのうの雪模様とうって変わっていいお天気。
日陰には雪が残るが、空はどこまでも青く晴れわたって日差しだけは春のよう。

本日もセンター試験。受験生のみなさまおつかれです。
センター試験に雪が降ると、その昔の自分の共通一次試験のときの一面の雪景色を思い出す。
積雪1メートルくらいあったと思うけど、「冬は雪」があたり前だったから困ったとも寒いとも思わなかったな。

娘と中学の制服の採寸・注文に行く。
娘、「何されるの?服脱ぐの?」などと言いながらも「楽しみー♪」と期待でいっぱい。

制服売り場に行くと、いろんな学校の制服を着ているマネキンが並んでいる。
娘の中学はけっこう新しい学校なのでブレザーにグレンチェックのスカートがなかなかしゃれている。
息子の制服で見慣れてはいるけれど、女子版はまたちょっと違うので新鮮。

受付で用紙を記入して採寸。
「身長はどのくらい?」「・・・あ。158」などとぼそぼそと答え、店員さんといっしょに緊張した面持ちで個室に入っていく娘。
しばらく待つと、個室のドアが開き中学の制服姿の娘が。
息子のはだいぶヨタってきたが、生地もまだパリっとしていて初々しい。
しかも、スカート丈がやけに長く感じる。
「ええー?これが基本の長さなんですね」と言うと、店員さん「膝丈ですから、これくらいですね」と。
こんなに長いのはいてる女子中学生も見ないなあ。
スカートの中から体育着のハーフパンツを見せてるからだいたいひざ上10センチくらいにしてるってことか。
娘、年中ジーンズでスカートなどはく機会がないから、慣れないスカート姿がはずかしそうだ。

2年前に息子の制服を注文に来たときは、やたらとでかい制服を用意された。
ブレザーはぶかぶかで手の甲が半分以上かくれるほど。
ズボンも息子が二人分はいりそうなのをベルトで締めたといった様子。
それでも店員さん、「男の子は大きくなりますからこれくらいでいいんですよ」と。
確かに。
入学前は150センチなかった息子、今は髪の毛のツンツン分を入れると170はあるだろう。
あんなに大きかった制服も今ジャストサイズ。
まるかったほっぺも細くなり、髪の毛もオシャレに立てたりして。
あと一年あるからもう5センチくらい伸びるのかどうか、ホントに男の子って見掛けだけは劇的に変化するもんだなあ。

それに比べ、娘に用意された制服はそれほど大きくもない。
「身長は3年間であと5センチ伸びるか。太ることはあっても10センチは伸びないだろう」と店員さんも私も思う。
で、ちょっと余裕がある、といった程度のサイズに。

出来上がりは3月中旬。ちょうど娘の誕生日のころ。
「楽しみだなあ。早く中学校行きたいなあ。早く制服できないかなあ」とニコニコ顔の娘。
息子はそんな妹に「なんで中学校行きてぇんだよ。小学校の方が気楽だし」と言う。
私としても、娘は下の子なのでそんなに早く大きくならなくていいよ、と思う。

制服注文の帰り道、娘とスタバに寄る。
友達に「スタバでお茶した」と自慢されてフン!と思ったらしい。
なーんかちょっとオトナになった気分になりたいのかなあとほほえましい。
私はキャラメルマキアート、娘はマシュマロモカをオーダー。
「中学になったらこうして友達と『スタバでお茶』なんてするのかなあ?」とわくわくしながら娘。
いやいや、中坊にそれはないから。せいぜいマックだって。
・・・と思ったが、「うーん。お小遣いどうかなー」と笑っておく。

中学校行くと、部活だ塾だ友達とお出かけだ、と生活は忙しくなる。
春になったら息子と娘、二人並んだ制服姿で写真撮りたいなあー。
でもきっと、息子がイヤがって同じ制服のツーショットも見られないだろう。
私もついに中学生二人の母だな。
ついでに受験生の母か。トホホ。

お米にカイロ

2006年1月21日 日常
一週間がたつのなんてあっという間だ。
もう土曜日?
こんなに月日がたつスピードが速いなんて私も老境に足を踏み入れたかなあ。

朝起きたら一面の雪。
きょうが土曜日でよかったあー・・・。
平日だったらお仕事のため車を出さなくちゃいけない。
息子は雪で部活休みになって朝からゲームしてるし、娘は昼まで寝てるし、ダンナはセンター試験監督のため仕事に行ったし。
雪だから家事に追われなくても出かけなくてもよさそうだし。
こういう日はなんとなくうれしい。

こよみの上ではきのうから「大寒(だいかん)」。
2月4日の「立春」までが一番寒い時期となる。
去年までは必需品だった使い捨てカイロ。
学校のお仕事は寒くて寒くて・・・朝足腰が冷えたらそのまま一日、ってことが多かった。
裏起毛のジャージに遠赤外線のほかほかソックス(一足2000円)、そしてカイロがなくちゃ冬の寒さは乗り切れなかった。
いやいやマジ寒かったもんなー。
体育館なんて冷蔵庫の中みたいだったし。

今年は学校に行かなくなったので、一個も使っていない。
暖まってない車の中はちょっと寒いけど、訪問するお年寄りのお宅はどこもポカポカで快適。
ちょっと動けば体はすぐあったかくなるし。
訪問介護の仕事始めるときに「夏は暑いし冬は寒いよ」と聞いていたけど、学校の「夏はサウナ・冬は冷蔵庫状態」に比べればどんなにラクか。

というわけで、去年から持ち越しのカイロが10パックくらいあまっている。
経験上、安売りのカイロは年を越すと暖かさがいまいち、なのでコレはどうしたもんか。

と思っていたところ・・・。
訪問したお宅の台所の米の袋の中で発見!
物知りで流行に敏感なおばあちゃんSさん。
にがりがいいと聞けばにがり、寒天がいいと聞けば寒天、と何でもやってみる方である。
ビニール袋に米といっしょに使い捨てカイロが入っていてぴっちりと封がしてある。
「コレどうしたの?お米も寒いからあっためてるの?」と私が聞くと、Sさん笑いながら、
「そうそう。お米もお茶も寒くてかわいそうでしょ」。
Sさん、日本茶やコーヒーのビンや缶にもちっちゃいカイロを入れている。

・・・米にカイロ?
ウソのようなSさんの返事に、もしや認知症が・・とちょっと思ったりもしたが、
「カイロはね、空気中の酸素とくっついてあったまるのよ。きっちりしめた入れ物にカイロを入れれば酸素がなくなって酸化しないから、米も保存がきくってわけよ」とSさん。

へえーそうなんだ。
モノがいたむということは酸化すること、と考えれば、確かに酸素がなくなれば酸化もしないし保存がきく。
意外な活用法にびっくり。
ポイントは密封すること、なんだそう。

実用性もそうだが、「お茶も寒くてかわいそうでしょ」と言ったSさんの言葉があったかくてほのぼのしていて、ほんわかとした気持ちになったひととき。
私もやってみようかな。

ドーナツの選択

2006年1月17日 日常
寝込んでいたときに主婦友からドーナツをお見舞いにもらう。
娘、いそいそと箱をあけて「うわー!うちのと違う」。

箱に入っていたのは8個。
ストロベリーやチョコがけのものもあり形も色もいろいろ。
エンゼルクリーム・エンゼルショコラ・ゴールデンチョコレート・ストロベリーリング・ポンデアーモンド・チキンからあげパイ・焼き芋セサミパイ・・・。
いろんな種類が入っているから、まず見て楽しい。
そして8個全部種類が違うので選ぶ楽しみもある。
娘も私も「どれにしよーかな?」と迷いながら選ぶ。

なんでもスタンダードな味のものが一番おいしいと思っている。
たとえば、アイスクリームならバニラ。チョコレートだってシンプルな普通のチョコ。
だからドーナツも、チョコやイチゴがかかってないのが一番おいしい。
今はそうでもないが、一種類しかないものはコドモたちでよく取り合いになったりもしたので、自分で買うときは同じものを人数分買う。

というわけで、私がコドモたちと食べるために買うときのドーナツのいつもの選択は、ハニーディップ・フレンチクルーラー・ポンデリングをそれぞれ3個ずつ・・・みたいになる。
いろんな種類も食べたいけど、やっぱり基本はハニーディップだなあ、と。

娘「たまには人に買ってもらうのもいいね」と一言。
ああーそうだなあ。
自分ではこういうドーナツの選択はしないもんなあ。

考えてみれば、パン屋さんに行っても回転寿司に行っても、生協の毎週の注文だって、自分ではいつも同じものを選択してしまっている。
たまには違うものを、と思っても、やっぱりいつものものをおさえてしまう。

生きているうえできっとこういうことってたくさんあるんだと思う。
知らないうちに選択のはばをせばめてしまってる、みたいな。
自分が一番いいと思っているものを選択してるんだからそれはそれでいい。
でも、やっぱり人の選択を見て取り入れることもしていかなくちゃね。

冬ドラマ雑感

2006年1月14日 日常
カゼも全快じゃないけど書けるときに書こうっと。

冬ドラマ始まりました!
今回は忙しくて雑誌関係の情報収集できず。
その日の新聞のテレビ欄を見て。

月曜9時フジ「孫悟空」。
うーん。みなさん書いてるけどスマスマのコントだよね?
原作知っているだけにこんなふうにちゃかされているのを見てしまうと、かぎりなくびみょーすぎて見る気がうせる。
たぶんもう見ない。

火曜9時フジ「Ns’あおい」。
モーニングで原作読んでるので。
この時間帯で石原さとみだと「失敗ばかりの新米看護師の成長物語」でコメディだと誤解されそう。
原作では決してそんなことはなく、あおいはデキる看護師だしなかなかいいお話なんだけどな。そこらへんがどうなんだろ。
杉田かおると柳葉の演技も見たいし、病院ものは好きなので次回も見るかな。
西村雅彦、髪型がますますありえなくてまじめなドラマなのに笑ってしまった。

木曜9時TBS「白夜行」。
「けものみち」「小早川伸木」と3択で迷った結果、私はコレ。
見たあとに「よし!これで正解だった」と。
セカチュウコンビはともかく、その子供時代の子役たちの演技にひきこまれ思わずホロリ。
綾瀬はるかの子供時代の役の子、「ラストプレゼント」「救命病棟」「女王の教室」とよく出てるけど、透明感があって凄みのある美人になるだろうなあ。
武田鉄也も最近よく見るね。刑事さんらしい渋くて鋭い演技してます。

金曜10時TBS「夜王」。
一生ご縁がないだろうこういう世界をのぞかせてくれるのはドラマならではですな。
松岡くんはもとからホストっぽいと思ってたけど、北村一樹のNO.1ホストっぷりはさすが。アヤシすぎる・・・。
南野陽子もなかなか堂に入ってるし、とにかくきらびやかで見てて楽しい。
とりあえず次回も見る。

お!大河「巧名が辻」も始まったね。
なーんか1年見るかどうか・・・。
仲間由紀恵の子供時代に「女王の教室」の馬場ちゃん(役名)が!
えーあの子はなんていう子役さんでしょう。
大河の主役なんて大抜擢だなあ、と。

ついでにNHK金曜11時「宮廷女官チャングムの誓い」。
これはおもしろい。
交通事故だの三角関係だの記憶喪失だのの韓国ドラマに飽きたところで見たのでものすごく新鮮。
今までにないタイプのお話。
特に最初は子供チャングムのずばぬけた演技力と吹き替えの声のかわいさにすっかりやられた。
私は地上波で見始めたのでやっと顔の見分けと人物関係がわかったかなーといったところ。
それでも、正月に実家に行ったときにBSで2回も見た母にさんざん熱く語られストーリーもばらされ・・・ふうー。

こんなところです。
ああ、日曜9時のチェジウと竹野内の「輪舞曲」も見てみるかな、と。

がっくり×3

2006年1月13日 日常
その1
先週のこと。
ダンナが使っている最中にパソいきなりダウン。
何をやってもダメで、結局またまたデータぜーんぶ消えてしまった。
撮りためたデジカメ写真も・・・しくしく。
いつかもこんなことあって「パソなんて信用できない!」と思って、ちゃんとバックアップとっとこうと思ったはずだったのにそのまま。
あーあ・・・ホントがっくり。

その2
今週からお仕事再開。
月曜に訪問したお宅のじいさんorばあさんよりカゼをもらう。
(ヤバそうな人がいた・・・)
火曜の夕方から激しい寒気に襲われ、夜中には熱が39.5度に。
せき・鼻水はそれほどではないのに体はものすごく痛いし、これってインフルエンザでは?
次の日の朝にはとりあえず38.5程度に下がったけど、とてもじゃないけど病院に行く気力もなくなすすべもなく寝ているだけ。
水曜・木曜とまるまる2日間寝て過ごす。
きょう(金曜)は熱も下がり、3日ぶりに朝風呂に入り、パソを開くまでに回復。

いやいや・・・まいったよ。
こんな熱はいつ以来だろう。
私は平熱が35度台なので、39度なんかになったらもうトイレに行くのがやっと。
家の中の片付けさえできなくてただ寝てるだけ・・・。
役にたったのは娘!
買い物や洗濯、米とぎやみそ汁作りを手際よくやってくれた。
買い物行ったついでに気をきかせて、私が娘の熱のときいつも買ってくるキムタクのゼリー飲料(商品名なんだっけね?)買ってきてくれたり。
息子は使えないヤツだけど、それでも自分のことは自分でやって学校行けるし。

子育て中に私が熱でも出そうもんなら、ダンナに会社早く帰ってきたもらったのはもう過去のことだなあ。
お弁当買ってきてもらったり、コドモを風呂入れてもらったりしたもんだったけど、つくづくコドモたちの成長を感じる。
ダンナなんて「だいじょうぶか?」の一言もなく、「病院行けば」で、何をするわけでもなく。ったく!

その3
そして・・・最大のがっくりはハムちゃんズ永眠。
先週、一匹残していた子ハムが巣の中で冷たくなっていたのを見送ったばかりだった。
その後あいついでチョコとクリームまでが永眠・・・。
こんなに続けてハムが逝くこともなかったのにやっぱり寒さかな。
3匹ともまるまったかわいい寝姿のまま逝ってしまった。
ううう・・・。

そんなこんなでだいありーも書く時間がなかなかとれず。
みなさんのも読む時間なく。
バトン受け取っていて書いてません。
そのうちに時間あれば書きたいと思ってます。
今年もよろしく♪
←ゆきだるま作成。
まったりと年末年始を実家で過しやっと復帰しました。
今年もよろしくお願いします。

盆正月には長期休みをとれるお仕事のおかげで父母に寂しい思いをさせないでいられる・・・よかったなあと思う。
そもそも前職(学校)を選んだのも「長い夏休みがあるから」だったな。これは自分のためだったけど。
今の仕事はそう思って選んだわけではないし会社そのものは年末年始も休みはないけれど、すんなりとお休みをくれた。
社会に出てからの20ウン年というものずーっと長く夏休み冬休みがとれてラッキー。
ひとえに周囲の人たちに感謝。

年頭に思うこと。
適度な雪の中でのスローライフな田舎暮らしは、やっぱり自分の原点だなあーと。
情報の多さと便利さが心地よくて、もう田舎では暮らせないと思ったはずだったけれど、年をとるにつれて自分の中で故郷の存在が大きくなる。
以前と比べて地域間格差がなくなったこと・ダンナとの将来が思い描けないこと、も原因。

二人暮らしの父母も年老いてくるし、あと6年くらいして娘が高校卒業したら私は実家に戻ろうかなあなどと実家での雪景色を見て思う。
ダンナとは別居生活。たまに行き来して・・・んーそういうのも悪くないか、などと妄想。
モンダイはやっぱりお金、だよね。
ダンナとの関係・父母のこと・息子娘のこと、少しでもうまくいくように前向きに考えてみよう。

12月から年末のあわただしさ・3学期のものすごい早さを思うと、実家での年末年始は階段の踊り場みたいなもの。
これからは一日ずつ春に向かっていく季節。

実家にかかっていたカレンダーのお言葉。
「人間には二種類ある。できない理由を探す人間とできる方法を探す人間と」。
困ったとき嫌なとき、そこから逃げる方法をあれこれ考えてエネルギーを使うのではなく、前向きに今年もがんばりますか。

サンタ卒業

2005年12月25日 日常
クリスマスの朝。
去年までなら、コドモたちにバレないように夜中や早朝にプレゼントを置いて、喜ぶ顔がうれしかったけど・・・。
今年はもうふたりとも「サンタさんは小さい子たちのために忙しいだろうからもういい。だから早めにプレゼント買って」と。
おととしあたりからあやしかったが、ついに卒業したか。
で、すでに手に入れているのだった。

きのうの夜、寝る前に娘が言う。
「毎年、ケーキを食べて寝ると、ちゃんとほしいものが届いていてフシギだなあと思ったし、あのわくわくドキドキ感がたまらなかったよね。うちには煙突ないのにどこからサンタさん来るのかなあとか。夜中にトナカイの鈴の音が聞こえた気がしたし。私もコドモにはこういうふうにしてあげるんだ!」。
ああそうだよね。
サンタは卒業してもコドモたちにそういう気持ちを持ってもらえるとうれしい。
自分がもらったしあわせを自分以外の誰かに手渡してあげればいいんだよ。

クリスマスの朝のサプライズ。
私だっていまだにサンタさんを信じていた当時のわくわくした気持ちは覚えている。
何年生のころまでサンタさんを信じていたのか。
誰かにバラされたとかバカにされたとかそんなイヤな思いもなく、なんとなく自然な形で卒業したのだろう。
家庭によってさまざまだと思うが、自分がそうだったのでコドモたちにも「夢」を夢として持ち続けられるようにしてあげたかった。

さてさて、ダンナは休日出勤で出かけ撮っておいたドラマを見ようと電源を入れると息子が起きてくる。
2日前に手に入れたクリスマスプレゼントのゲームPS2「キングダムハーツ2」を朝っぱらからやるつもりらしい。
せっかく私も早く起きたのにー・・・。

先週からうちもビデオ生活からHDDのDVD生活になる。
これはこれでドラマを撮るのも見るのもカンタンだし画像もきれいだし、何よりビデオテープの空きを探したり巻き戻したりしなくていいのが便利。
でも、本体に録画されてしまうので今までのように「じゃ2階でビデオ消化してくるから」ということができなくなり困る場面も。
息子にゲームされちゃーさっぱりである。

「キングダムハーツ2」は「ミッキーのゲーム?」と私が言うと、息子はプライドを傷つけられたようで「FF系!」だと。
ほーそうか。
最近のゲームは画像はキレイだしセリフはしゃべるし、ドラクエの呪文をいちいち入れていたころと比べるとまさに隔世の感がある。
確かにFFで親しんだなつかしいキャラたちが出てる。
息子が言うには「ミッキーはヨーダ的存在」らしい。
ライブラしてパンツを見ようとしたなつかしのセルフィーちゃんも出ていた。(←わからない人にはなんのことやら・・・のオタク的内容ですいません)

娘のクリスマスプレゼントはCDプレイヤー。
MDが入るとぐんとお高くなるが、CDとラジオ・アラーム機能がついて親孝行な価格だった。
居間にコンポがあるのに・・・でも、娘も「自分専用」がよほどうれしいのか2階からエンドレスで流れる「青春アミーゴ」。
もう聞き飽きたっちゅーの。

今年も残すところあと少し。
年末には恒例カナダ行きがあるので、だいありーもあと何回書けるか。
映画の感想「男たちの大和」「キングコング」はぜひ書きたいところ。どちらもオススメ。
バズさん、かっこよかったよ!って結局わかんなかったけど。
MJさんからいただいた「人間バトン」こちらは今年はムリかなあ。

聖夜に

2005年12月24日 日常
あれもこれもとあわただしい師走もあともう少し。
書きたいことはたくさんあるけど時間がなーい。

クリスマスどころじゃないんだけれど・・・イベントなのでね。
今年はケーキを2個作成。
ひとつはスタンダードのいちごのケーキ。
もう一個はブッシュドノエル。
この時期、チョコレート生クリームが出回るのでチャレンジ。
お料理は、いつものチキン・串揚げ各種・ビーフシチュー・水菜と生ハムのサラダ。

今年はついにコドモたち、サンタさんは卒業。
一日でも早くブツをいただいたほうがいい、ということで・・・。
朝起きたらプレゼントが!というサプライズより、自分の得するほうを選ぶようになったか。
まあそれも成長ってことで。

みなさま、メリークリスマス♪
先週末、ここらでは一番大きな神社のお祭りがあった。
大湯祭(だいとうさい)というのが正式名称で、年末や正月に向けた品物や商売繁盛の熊手を売るための由緒あるお祭りである。

でもメインはやっぱり屋台のにぎわい。
神社の参道の両側にびっしりと屋台が立ち並び、夜などは身動きができないほどのにぎわいを見せる。
オトナとすれば寒いし混んでるしわざわざ出かけることはないお祭りなのだが。

ふだん、夜の街に出かけることがない中学生の息子にとっては一大イベントらしく、以前から友達たちと行く約束をしていた。
しかし、ここでモンダイ発生。
寒い季節だというのに息子はお出かけ用の上着を持っていない。
「今のでいいなら別にいいけど買うなら前もって買いにいかなきゃ」と言ってはいたが、息子は行動起こさず。

「あした、なに着ていけばいいの?」と言ったのは、前日の夜9時半過ぎのこと。
普段、塾などに行くときは裏地のついたウィンドブレーカー。
えーまさか今から買いに行くなんて言うんじゃないだろうな、もう夜だよー・・・と思いながら「いつものでいいんじゃないの?」と言う私の口調も自然とフキゲンに。
「だめ。あんなのは街に行くときは着て行けない」と息子。
「じゃあ、ばーちゃんち行くときのベンチコートは?」というと「・・・・狩られる」と一言。
はあー?狩られる、って。
聞くと、お祭りの夜には「中坊狩り」が横行していて、ベンチコートだとかナマイキな格好をしていると「狩られる」のだそう。
ベンチコートってナマイキなのか?

「買いに行く」と息子。
暗に「車を出せ」と言っている・・・。
上着はないから買わなくちゃなあ、とは思っていた。
トレーナーやTシャツなら自分で選んで買ってくるけど、上着は高い買い物だしちゃんと選べるか心配、という気持ちが息子にもあったようで。
・・・しぶしぶ車を出すことにする。

それでも「おかあさんとお買い物」は中学生の息子にとって誰かに目撃されたら一生が終わることらしいので、夜の闇にまぎれて車を走らせること数分。
目的地到着。
駐車場に入れると「降りてこないで」と言い残し、息子は人目を避けるようにそそくさと店内へ。
なんだよ、まったく。
でも、まあいっしょにお買い物の場面をヘタに人に見られると息子もいやだろうと思ったし、待ってりゃいいならラクチン、と缶コーヒーを飲みながら待つ。

が、待つこと20分・・・出てこない。
店内のウインドー越しにムダにうろうろする息子の姿がときどき見える。早く決めなよー・・・。
駐車場で待っている間に、やっぱり同じように夜の闇にまぎれて買い物にきたらしい息子と母、というペアが2組。
どちらも母と息子、微妙に距離を保ち他人のふりをしているのに明らかに「連れ」だとわかる。
アヤシい・・・。

すると、あたふたと車に戻ってくる息子。
「やべぇ。知ってるヤツだったし。おかあさんと買い物なんて、あいつ終わってる」。
・・・あんただってそうでしょうが。

私「さっきからずっと待たされてんだけどさあ・・・。値段で決めてよ。テキトーなやつ。着てみなきゃ似合うかどうかわかんないんだからさ。着て鏡で見て」と言って、また車から追い出す。

こういうときこそケータイかとハッと気づき、車を店内がよく見える場所に移動して息子に電話。
「なんだよ」と声を潜めて電話を受ける息子だったが、それからはやりとりがスムーズに。
車から「それそれ。そこの5900円のつるしてあるヤツ着てみて」とか「あー。どうせならMじゃなくて、着てみてよかったらLにして(大きいのを買っておけば長く着られる)」とか指示を出す。
やりとりしながらも、よほど知ってる人に会いたくないらしく、人が入ってくるたび入り口のほうをきょろきょろと見て挙動不審な息子。
でも母は寒くて暗い駐車場で待たされてるんだから見られる心配はないでしょ・・・。

10時半過ぎにやっと購入商品決定。
電話で指示を出しついでに990円のトレーナーも買わせ、帰途につく。ふうー。
息子のお買い物、まったくもって気をつかうのだった。

自滅願望

2005年12月12日 日常
大河「義経」について書くかなと思ったけどこっちを先に。

小学校のパトロール当番。
信じられない事件があいついでいるので学校でも注意されたとあって、小学生たちはけっこうまとまって下校している。
低学年のグループにはおかあさんたちの姿も。

何人かでわいわい言いながら下校する小学生たちの姿は楽しそうだし、へんな事件とは無縁のようだ。
でも、ちょっと離れた住宅街は昼間でも人気はないし、資材置き場や雑木林のかげはいかにもあぶない。
そんなところを一人で歩いている小学生は、見る人が見れば「さらってくれ」と言っているようなものらしい。

うちは学区内で一番遠い地域。
娘なんて4年生のころは友達としゃべりながら帰るのが楽しくて、2キロの距離を2時間かけて帰ってきたこともあった。
それでも、自分がコドモのころ学校帰りの道草は楽しかったし、つい2年前はそんな心配はしなくてもよかった。

安心してコドモたちを学校にも送り出せない時代になっちゃったんだろうか。
スクールバスを走らせるとか通学路に防犯カメラを設置するとか、国のエラい人たちは言っているけど、それは現状を把握していない人の発言。
こうやって保護者が順番でパトロールしているけど、これだってそれほど危機感は感じられず、おしゃべりしながらぐるっと一周する、といった感じ。
最終的には自分のコドモは自分で守るしかない、と思う。

塾の先生が小学生を刺した事件にも驚く。
「あの子がいなければバイトがラクになると思った」というのが理由らしい。
ついにきたかと驚くと同時に、次は学校内で教師が児童・生徒を、だな・・・とも思う。
先生という立場であっても、精神的にオトナになってなければはずみとか勢いでコトを起こすことだってあるからだ。

学校で仕事をしていたとき、確かに私も「あの子さえいなければラクなのに」と思ったことはあった。
先生じゃなくても、仕事をしていたり近所づきあいをしていたりで、「あの人がいなければ」と思うことはあるだろう。
でも、普通だったら「学校休んでくれればなあ」とか「どこかに転勤してくれればなあ」「引っ越してくれればなあ」と脳内妄想する程度。
普通なら「いなくなればいい→殺してしまおう」という短絡的な考えにはならない。
ちょっと立ち止まって考えれば、人を殺してしまえば「バイトがラクになる」以前の問題だということくらいわかるはずなのに・・・。

でもその「普通なら」が通用しない人々が増えてきたということか。
ワイドショーのコメンテーターが言っていた言葉「自滅願望がある人だと考えられる」が気になった。
自滅願望・・・とは初めて聞いた言葉だが、ストンと心に落ちる。
そうか、もうどうなってもいい、自分も自分の周囲も滅びてしまえ、と思っているならこういうこともアリか、と。
ヤンキー先生始め、過去を乗り越え人生の深みにして立派になって知る人はたくさんいるのに。
この塾の先生も親御さんからすればアタマのいい自慢の息子だっただろうに。

信頼していた親友や同級生や先生に刺されたり、息子に鉄アレイで殴り殺されたり娘に毒を盛られたり・・・。
何を信頼していいのかわからない世の中。

のんびりお休み

2005年12月7日 日常
貴重な平日休み。
きょうこそのんびりするぞ!と心に決める。
いつもいつもせっかくの平日休みなのに、あれやこれや忙しく過してしまう自分がなんだかイヤだったし。

朝から雨ならあきらめもつくのに「大雪(たいせつ)」のきょうは、青空が広がるいいお天気。
さすがに12月の空らしく空気は冷たい。
とりあえず布団を干す。掃除機をかける。
いつもならここで、いろんな洗濯物をしてしまうところだがやらない。
主婦仲間とのウォーキングもパス。
行けばあれこれしゃべったり流れで買い物いっしょに行ったりであっという間におひるになるから。
庭の紅葉の落葉を掃き、育った小松菜とほうれん草を収穫。

あとは居間のソファーでのんびり。
コーヒー飲んで新聞読んで。
「ハリーポッター・炎のゴブレット」読み返して。
はあーこういうお休みの日を過したかったんだよー。
一日化粧もせず出かけず。
パソも開かず。
ホントひさしぶりだなー。
ということで一日終了。
コドモたちがDSソフト「おいでよ どうぶつの森」にハマっている。
小学生の娘はともかく中学生の息子まで、学校帰ってくると「村」に何時間もお出かけ。

ゲームキューブ版のときに息子がかなりやりこんでいたのでわかるけど、いかにも楽しそうなゲーム。
どうぶつたちとお話したり、お金をためて自分のおウチを広くしたり家具を増やしたりしていく。
季節ごとに村の景色も変わっていくし、運動会や花火大会などいろんなイベントごとも充実。
どうぶつたちのキャラや話し方、音楽もなかなかにほのぼのしていて、たぶん自分でやってもハマるだろう。

CMなどでは「自由気ままなスローライフ」とうたわれている村での生活。
なんかいいなあー、スローライフ。
太陽が昇ったら起きて、果物を収穫したり釣りをしたり。
大地からは野菜や根菜類、山からは山菜、川からは魚、と大自然の恵みをいただく。
村の人たちと交流しながら、季節の移り変わりに合わせて生活していく。
基本は手作りでエコライフ。
なーんかいいカンジ。
実家での生活を思いながら、ちょっとあこがれてしまう「どうぶつの村」での暮らしなのだった。

が。
娘、さきほど学校から帰ってきたと思ったら即DSのスイッチオン。
「どうしたの?そんなに急いで」と私が言うと、「だってね、遅く行くとどうぶつたちに『あらいまごろ来たの?おそいじゃない』って言われる。ムカつくし」と。
私「あれ?のんびり生活してんじゃないの?」。
娘「つい忙しくしちゃうんだよ。毎日、どうぶつたちにひととおり話しかけないといけないし、お金を稼いで貯金しなきゃいけないし」。

娘、スローライフにあこがれているものの、つい生来のマジメさが災いして、ついついいろんなことをやってしまう様子。
せっせと村の人たちと交流して、せっせとお仕事(釣り)に励む。
お金を稼いだら少しずつきっちりと貯蓄もしている。
なんだか知らないけど「保険」にも入っているらしい。
「やることはいっぱいあるしー」と全然スローライフじゃないじゃん・・・。

息子にも聞いてみる。
私「あんたは何して暮らしてるの?貯金あるの?」。
息子「ゆきだるま作り。金は裏技で出す。貯金ねぇし」。
・・・そういえば、前に「どう森」やってたときも、息子はゆきだるま職人だったっけ。
雪玉を大きくしてカンペキな雪だるまを作ると、テレビやソファなどの「雪だるまシリーズ」の家具を集めることができる。
「モノつくり」と「コレクション」。
これはまさしくオタクの息子が現実でやっていること。

・・・うーん。
これってきっと現実の生活のとおりに「村」でもついやってしまうのかも。
私もついついゲームの中でも「貧乏ヒマなし」とばかりにいろいろとやってしまいそうだ。
のんびりスローライフはできそうにないなあ。

秋が鈴なり

2005年11月30日 日常
秋が鈴なり
青い空に柿のオレンジ色が映える。

柿やさつまいもはコドモのころ一生分食べたので、もういいです。
柿やイモに喜ぶ人を見ると「ああ、都会の人だなあー」と。

今このとき

2005年11月26日 日常
きのうの夜、寝る前にハムゲージのそばを通るとクリーム♂が動かないでまるまっている。
いつもなら勢いよく回し車をまわしていて、そばを通りかかるとすぐさまゲージにのぼってくるはずなのに。
「クリーム?」と声をかけ、ゲージを開けてふわふわの白い背中を触るが反応なし。
手にのせると目は閉じ耳はたれて体に力がなく、なにより足が冷たい。
今までの経験からいって、足が冷たくなっているハムはもうダメ。

夕方までは元気だったはずなのに・・・とファンヒーターをつけて部屋をあたため、タオルで包んでホットカーペットの上に乗せ手で温める。
こうなってしまってはもう時間の問題だ。
今までのハムもドライヤーやコタツであっためてもダメだった。
死ぬ前に気がついてよかった。

これは神様がくれたクリームとのお別れの時間・・・と思い、しばらくそうして手の中であたためる。
息はしているが手の中で動かなくなった生き物からほわーっと白い魂が抜け出し、今にも天に召されるかと思うほどだった。

クリームを手であたためながら、もう二度と会えないだろう利用者さんのことを思う。
90歳のおじいさん、仮にIさんとする。
Iさんはもう自力では何もできなくなりここ一ヶ月はほとんど寝たきり。
「ちょっともう3分の2くらいあちらの世界に行ってるみたいであぶないよね・・・」とヘルパー同士話していた。

その日の朝、私はIさんの顔を拭きヒゲをそり食事を食べさせた。
ヒゲがうまくそれなくてやり直しをするのもなんなので、「次に来たとき一度でじょうずにやろう」とそのままヒゲそりを片付ける。
しばらくして私が洗濯物をたたんでいてふとIさんを見ると目が合う。
白い障子越しの小春日和の日差しに包まれ、小鳥のコドモのようなポヤポヤの髪の毛のIさんは、とてもかわいらしい赤ちゃんのような笑顔を私に向ける。
ああ、なんて無邪気なかわいい笑い顔なんだろう・・・と私もつられて微笑む。

Iさん宅は新人のころから訪問していて、元気だったころのIさんには何度もどなられた。
認知症が進み誰に何を怒っているのかわからない瞬間があるらしい、とアタマで理解してはいたものの、まだ新人の私にはそれがイヤでIさん宅訪問が気が重くなることもあった。
季節がめぐり秋が深まるにつれて、すっかりIさんは力がなくなり赤ちゃんに戻っていっているかのようだった。

私が行った日の夕方、Iさんは入院した。
もうダメだろう・・・とのこと。
最後のIさんの菩薩のような笑顔と部屋いっぱいに広がる白くて明るい日差しは、きっと何年たっても私の頭の中で鮮明に思い出せるだろう。

訪問介護のお仕事を始めて1年が過ぎ、亡くなったり入所したりでもう二度と会えない人も何人かいる。
それでも、Iさんのように長く訪問していて愛着がわいて・・・もう会えなくなる、というのは初めて。
つきあいが長くなるほど哀しく寂しいものだ。
この仕事はまさに出会いと別れ、人との触れあいだなあとしみじみ思う。

学校のお仕事をしていたときもそれこそ毎年たくさんの人との出会いと別れがあった。
それでもこの空の下元気で生きているんだから、また縁があったらどこかで再会するだろうと思えた。
でも、介護のお仕事は・・・「次」や「今度」はないかもしれない。
普段はあまり意識せずに「次はこうしよう」「今度はああしよう」と思うことは多々あるが、「今このとき」は一度しかない。

なんだかそんなことを思いながら、自分ではどうしようもない流れの中に身をゆだねざるをえないやるせない気持ちでクリームをしばらく温めた。
30分ほどそうしていて、「クリームありがとう」とお別れを言ってタオルに包んだままゲージに戻してやる。

朝、目が覚めて、クリームのこと娘に言わなくちゃとか、どこに埋めてあげよう、ビワの木の根元がいいかなとか、あれこれふとんの中で思う。
居間に下りていってクリームのゲージをのぞく。

すると!
クリーム、元気にゲージをのぼってくるではないか!
手にのせるといつものように元気で足もあたたかい。
あーよかった!蘇生した!
100パーセントだめだと思っていたのでこちらがびっくり。
きのうに夜中に気がついてお別れのつもりであたためたのが良かったか。

あのときああすれば、と後悔が残るようなことはしたくない。
一瞬一瞬を大切にしたい。
Iさんのヒゲのそり残しは病院で看護師さんにでもそってもらっただろうか・・・。

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