1月は忙しくて新しいドラマを見る時間もなかった。
このごろやっと撮っておいたの見てます。
見たいのはいろいろあるけどたくさん抱え過ぎると自分の首をしめることになるので厳選。
今回はどうもそそられなかったので大河はパス。
大河見ないなんてひさしぶりだわー。
今回は「ゴーストライター」「問題のあるレストラン」「銭の戦争」この3本。
「ゴーストライター」
コレはいい!
ピンと張りつめた中谷美紀にゾクゾク。もっさりした水川あさみも絶妙。出版業界のウラも興味深い。
私の将来の夢は「直木賞作家になり海の見える白亜の豪邸で執筆」だったが、まさに売れっ子作家遠野リサ(中谷)の邸宅がそれ。
この先の展開が楽しみ。
「問題のあるレストラン」
これはほら「それでも生きていく」「Woman」「最高の離婚」の脚本家さんだから間違いなくおもしろいと思って。
楽しみな役者さんたちが顔をそろえてるし、なんといってもうれしいのはマチルダとはっさく(最高の離婚に出てたネコちゃんたち)の登場。
これもまだまだ序盤。これからが楽しみです。
「銭の戦争」
3回目まで見てなんとなく展開は読めるけど、まあまあ。
それと朝ドラ「マッサン」ね。
舞台を余市に移してますますおもしろくなってきました。
今週はエマちゃんの子犬のようなかわいらしさとけなげさにきゅんきゅんさせられた一週間だった。ホントかわいかったあー。
「ごめんね青春」で風間杜夫のコメディアンとしてのセンスに感心したので、森のクマさんをもっと出してほしいね。
そして風間杜夫と言えば「蒲田行進曲」と「スチュワーデス物語」。
この前、「マッサン」の中でまさかの階段落ちの場面があって「おお!銀ちゃんっ!」と心の中で喝采。
次はぜひマッサンに対して「おまえはのろまな亀だ!」と言い放ってほしいものです。亀山マッサン、だものね。
このごろやっと撮っておいたの見てます。
見たいのはいろいろあるけどたくさん抱え過ぎると自分の首をしめることになるので厳選。
今回はどうもそそられなかったので大河はパス。
大河見ないなんてひさしぶりだわー。
今回は「ゴーストライター」「問題のあるレストラン」「銭の戦争」この3本。
「ゴーストライター」
コレはいい!
ピンと張りつめた中谷美紀にゾクゾク。もっさりした水川あさみも絶妙。出版業界のウラも興味深い。
私の将来の夢は「直木賞作家になり海の見える白亜の豪邸で執筆」だったが、まさに売れっ子作家遠野リサ(中谷)の邸宅がそれ。
この先の展開が楽しみ。
「問題のあるレストラン」
これはほら「それでも生きていく」「Woman」「最高の離婚」の脚本家さんだから間違いなくおもしろいと思って。
楽しみな役者さんたちが顔をそろえてるし、なんといってもうれしいのはマチルダとはっさく(最高の離婚に出てたネコちゃんたち)の登場。
これもまだまだ序盤。これからが楽しみです。
「銭の戦争」
3回目まで見てなんとなく展開は読めるけど、まあまあ。
それと朝ドラ「マッサン」ね。
舞台を余市に移してますますおもしろくなってきました。
今週はエマちゃんの子犬のようなかわいらしさとけなげさにきゅんきゅんさせられた一週間だった。ホントかわいかったあー。
「ごめんね青春」で風間杜夫のコメディアンとしてのセンスに感心したので、森のクマさんをもっと出してほしいね。
そして風間杜夫と言えば「蒲田行進曲」と「スチュワーデス物語」。
この前、「マッサン」の中でまさかの階段落ちの場面があって「おお!銀ちゃんっ!」と心の中で喝采。
次はぜひマッサンに対して「おまえはのろまな亀だ!」と言い放ってほしいものです。亀山マッサン、だものね。
はい。また実家です。
今月は実家に3度訪問。
正月と父の入院のときと退院のときと。
今月の滞在日数は10日。3分の1を実家で過ごしたってことだなあ。
父母が元気で子供たちが小さかった頃、夏休みと冬休みの実家滞在はビッグイベントだった。海に花火にバーベキュー、餅つきに雪遊び。
年に2回、子供たちだけではなく私も崖っぷちの子育てから解放されるこの時を心待ちにしていた。
そのころのことを思うと、こうして月に3回も実家に滞在する日が来るなんて考えたこともなかったよ。
父の入院、といっても大腸ポリープ切除という簡単なもの。
それでも一週間暖かい病室でお世話されて入院生活送った高齢者が独居生活に戻れるか心配した。実家はすきま風だらけで底冷えするしね。
退院後数日様子を見たけどなんとかだいじょうぶそう。
良かった良かった。
一週間近く自宅を留守にしていてあした帰ります。
今までは家をあけても長くて3泊4日。
オトナなので食べ物とかは各自食べてるようだが、帰ると毎回新聞と洗濯後の洗濯物が散乱。部屋のすみっこに犬の毛やホコリがたまる。お花たちはぐったり。
犬は散歩されたんだかどうなんだかブラッシング不十分で毛並み悪し。
そんな荒れた状況にどっと疲れる。
家をあけると生活を復活させるのがホント大変。
今回は一週間。
コミュニケーションしないシェアハウスの人たち(ダンナ・息子・娘)がどんな生活をしているものか。犬や花はどうなってるか。台所や風呂や洗濯物は?
恐ろしや恐ろしやー。
今月は実家に3度訪問。
正月と父の入院のときと退院のときと。
今月の滞在日数は10日。3分の1を実家で過ごしたってことだなあ。
父母が元気で子供たちが小さかった頃、夏休みと冬休みの実家滞在はビッグイベントだった。海に花火にバーベキュー、餅つきに雪遊び。
年に2回、子供たちだけではなく私も崖っぷちの子育てから解放されるこの時を心待ちにしていた。
そのころのことを思うと、こうして月に3回も実家に滞在する日が来るなんて考えたこともなかったよ。
父の入院、といっても大腸ポリープ切除という簡単なもの。
それでも一週間暖かい病室でお世話されて入院生活送った高齢者が独居生活に戻れるか心配した。実家はすきま風だらけで底冷えするしね。
退院後数日様子を見たけどなんとかだいじょうぶそう。
良かった良かった。
一週間近く自宅を留守にしていてあした帰ります。
今までは家をあけても長くて3泊4日。
オトナなので食べ物とかは各自食べてるようだが、帰ると毎回新聞と洗濯後の洗濯物が散乱。部屋のすみっこに犬の毛やホコリがたまる。お花たちはぐったり。
犬は散歩されたんだかどうなんだかブラッシング不十分で毛並み悪し。
そんな荒れた状況にどっと疲れる。
家をあけると生活を復活させるのがホント大変。
今回は一週間。
コミュニケーションしないシェアハウスの人たち(ダンナ・息子・娘)がどんな生活をしているものか。犬や花はどうなってるか。台所や風呂や洗濯物は?
恐ろしや恐ろしやー。
あっという間に1月も中旬に突入する勢いだが、正月3日箱根駅伝往路に参戦!
年末年始の家事で疲れ切って2日夜に帰宅し、3日の早朝6時前の電車で箱根をめざす。おつかれ!と自分でも思うが、ダンナがテレビ前でゴロゴロしている家なんかいられない。
正月はやっぱりと富士山と箱根だよ。いっしょに行く主婦友たちもそう。
うちからだと早朝出発して、東京から新幹線を利用すると小田原中継所に間に合う。このカマボコ屋さん前の中継所は山も近くて人もたくさん。
で、山を下りきってヘロヘロの状態でのタスキリレーが見られるのでなかなか箱根気分高まるー!
が、今年は新幹線ではなく在来線一本で小田原まで行けるので、小田原手前の国府津駅すぐの7区を応援。その後移動して9区の応援。
どちらの場所も駅近で広い国道沿いなので良かったが、私はやっぱり小田原中継所に行きたかったな。
街中の国道筋での応援じゃいくら小旗をふっても箱根駅伝って感じ薄。
しかも今回は青学が快走してぶっちぎりの優勝。自分の中ではちょっと盛り上がりに欠けたかなあ。
去年は、早稲田の大迫、東洋の設楽兄弟、駒澤の窪田、日体の服部などなど高校駅伝からなじみのメンバーのラストランで胸に迫るものがあった。
うちの息子と同学年ってこともあり。
えー今年は駒沢・城西の村山兄弟4年なの?ついこの間スーパールーキーなんて騒がれた1年生だったのに。
明治の大六野も早稲田の山本も4年生??4年過ぎるのが早くてびっくり。
前も書いたけど、人生の節目節目でハッとするのは…
自分より高校球児が年下だと気づいたとき。相撲取りが年下だと気づいたとき。大河ドラマの役者さんが自分より年下だと気づいたとき。最近では政治家が自分より年下だと気づいたとき。
それに重ねて自分の息子娘も年だけは増える。
高校球児、年下だねえとびっくりし、今回は箱根駅伝の選手たち息子より年下。
人様のご子息方はあんなに一生懸命に精進し全国の正月の茶の間を箱根路に連れてってくれるというのに。5区の駒沢馬場くんのように正月から感動をくれるっていうのに。
社会人1年生の息子ときたら半径1メートルの人間関係しかないのでは?
ということで、お昼は横浜崎陽軒本店で今年初のバイキングに満足。
ちっちゃいけど中身がぎゅっと詰まったシューマイおいしかったあ!
年末年始の家事で疲れ切って2日夜に帰宅し、3日の早朝6時前の電車で箱根をめざす。おつかれ!と自分でも思うが、ダンナがテレビ前でゴロゴロしている家なんかいられない。
正月はやっぱりと富士山と箱根だよ。いっしょに行く主婦友たちもそう。
うちからだと早朝出発して、東京から新幹線を利用すると小田原中継所に間に合う。このカマボコ屋さん前の中継所は山も近くて人もたくさん。
で、山を下りきってヘロヘロの状態でのタスキリレーが見られるのでなかなか箱根気分高まるー!
が、今年は新幹線ではなく在来線一本で小田原まで行けるので、小田原手前の国府津駅すぐの7区を応援。その後移動して9区の応援。
どちらの場所も駅近で広い国道沿いなので良かったが、私はやっぱり小田原中継所に行きたかったな。
街中の国道筋での応援じゃいくら小旗をふっても箱根駅伝って感じ薄。
しかも今回は青学が快走してぶっちぎりの優勝。自分の中ではちょっと盛り上がりに欠けたかなあ。
去年は、早稲田の大迫、東洋の設楽兄弟、駒澤の窪田、日体の服部などなど高校駅伝からなじみのメンバーのラストランで胸に迫るものがあった。
うちの息子と同学年ってこともあり。
えー今年は駒沢・城西の村山兄弟4年なの?ついこの間スーパールーキーなんて騒がれた1年生だったのに。
明治の大六野も早稲田の山本も4年生??4年過ぎるのが早くてびっくり。
前も書いたけど、人生の節目節目でハッとするのは…
自分より高校球児が年下だと気づいたとき。相撲取りが年下だと気づいたとき。大河ドラマの役者さんが自分より年下だと気づいたとき。最近では政治家が自分より年下だと気づいたとき。
それに重ねて自分の息子娘も年だけは増える。
高校球児、年下だねえとびっくりし、今回は箱根駅伝の選手たち息子より年下。
人様のご子息方はあんなに一生懸命に精進し全国の正月の茶の間を箱根路に連れてってくれるというのに。5区の駒沢馬場くんのように正月から感動をくれるっていうのに。
社会人1年生の息子ときたら半径1メートルの人間関係しかないのでは?
ということで、お昼は横浜崎陽軒本店で今年初のバイキングに満足。
ちっちゃいけど中身がぎゅっと詰まったシューマイおいしかったあ!
タイトルだけ変えました。あとヒミツ追加。
餅膳(もちぜん)・地元レストラン参考画像→
遅くなりましたが皆様今年もよろしくお願いします。
ダンナも息子も週明けから仕事始まりで、やっと日常が戻ってきた。
家に人がいるととにかく食事の用意だけでも忙しくて年末年始のお休み、私はすっかり疲れ切りました。
実家では2回餅つきをした。
年末にお供え用のと切り餅用に。元旦の餅膳用に。
いや餅つきって言ってもスイッチオンでぐわんぐわんやってくれるからそれはいいのだが。
さまざまな具を用意して時間との戦いで出すのが大変!
しかも今年は妹が家で餅つきできないので、妹一家も来て8名様用の餅膳と茶碗蒸しと煮物とおひたしと。
実家あたりは米どころで正月だけでなくおもてなしのとき餅を供する餅文化の地方。一家に一台餅つき機。そして「餅膳」というように何種類かの餅を並べる。
お雑煮にあたるものは引き菜(ひきな)汁といい、大根人参ゴボウの千切りに鶏肉シイタケなど入りトッピングにセリとカマボコとイクラ。
引き菜汁と対になるのはあん餅。こしあんに餅が入ったもの。とろみの強いお汁粉という感じ。
欠かせないのはクルミ餅。とろりとしたすりクルミがからめてある。
昔は各家にクルミの木があってお正月の用意としてクルミを殻からはずすのは子供の仕事だった。今はできてるすりクルミが売られているので便利。クルミの木もなくなったしね。
その他ずんだ餅や納豆餅、エビ餅やきなこ餅やしょうが餅など。
納豆餅は普通の納豆に海苔の細切れを入れ砂糖を少々入れて餅にからめる。
エビ餅は小さい赤い沼エビを醤油で煮て餅にからめる。コレはビジュアルがヤバいってことでケンミンショーでもとりあげられたけどおいしいのよ。
そして餅は時間との戦い!
つきたての餅を手でひねり切りながら何種類もの餅を並べる。自分が食べるどころではない。
こんなことよく母はひとりでやってたなあと思う。
でもつきたての餅はおいしいよね。餅になる前のふかしたてのおこわもね。
実家行きも父と2人だけなら食事の用意も簡単だし、地元の旬の食材を買ってきて食べる楽みもあるからいいけど今回はホント疲れました。
私もきのうが仕事始め。きょうはジム始め。
今年一年が心穏やかに無事過ごせますように。
餅膳(もちぜん)・地元レストラン参考画像→
遅くなりましたが皆様今年もよろしくお願いします。
ダンナも息子も週明けから仕事始まりで、やっと日常が戻ってきた。
家に人がいるととにかく食事の用意だけでも忙しくて年末年始のお休み、私はすっかり疲れ切りました。
実家では2回餅つきをした。
年末にお供え用のと切り餅用に。元旦の餅膳用に。
いや餅つきって言ってもスイッチオンでぐわんぐわんやってくれるからそれはいいのだが。
さまざまな具を用意して時間との戦いで出すのが大変!
しかも今年は妹が家で餅つきできないので、妹一家も来て8名様用の餅膳と茶碗蒸しと煮物とおひたしと。
実家あたりは米どころで正月だけでなくおもてなしのとき餅を供する餅文化の地方。一家に一台餅つき機。そして「餅膳」というように何種類かの餅を並べる。
お雑煮にあたるものは引き菜(ひきな)汁といい、大根人参ゴボウの千切りに鶏肉シイタケなど入りトッピングにセリとカマボコとイクラ。
引き菜汁と対になるのはあん餅。こしあんに餅が入ったもの。とろみの強いお汁粉という感じ。
欠かせないのはクルミ餅。とろりとしたすりクルミがからめてある。
昔は各家にクルミの木があってお正月の用意としてクルミを殻からはずすのは子供の仕事だった。今はできてるすりクルミが売られているので便利。クルミの木もなくなったしね。
その他ずんだ餅や納豆餅、エビ餅やきなこ餅やしょうが餅など。
納豆餅は普通の納豆に海苔の細切れを入れ砂糖を少々入れて餅にからめる。
エビ餅は小さい赤い沼エビを醤油で煮て餅にからめる。コレはビジュアルがヤバいってことでケンミンショーでもとりあげられたけどおいしいのよ。
そして餅は時間との戦い!
つきたての餅を手でひねり切りながら何種類もの餅を並べる。自分が食べるどころではない。
こんなことよく母はひとりでやってたなあと思う。
でもつきたての餅はおいしいよね。餅になる前のふかしたてのおこわもね。
実家行きも父と2人だけなら食事の用意も簡単だし、地元の旬の食材を買ってきて食べる楽みもあるからいいけど今回はホント疲れました。
私もきのうが仕事始め。きょうはジム始め。
今年一年が心穏やかに無事過ごせますように。
それでも年末は来る。
はい。実家です。
iPhoneから書けるってことはこんなに便利なのねえ。
日中でも氷点下だけど極暖ヒートテックと普通のタートルのヒートテック2枚重ねのおかげで寒くない!
下も足首までのヒートテックとヒートテックハイソックス、それに裏フリースの暖パン。これは最強の組み合わせ。
ユニクロさんホントにありがとう。
驚いたことに母はまたまた復活していた。
はあーーーよかった!
「食べるようになったみたいだよ」と父が言うので半信半疑で施設訪問。
外の極寒とは別世界の暖かい部屋のベッドに母は横たわっていた。
部屋に来てくれた看護師さん「だいじょうぶ。少しずつだけどまだまだ食べられるし、痰もからまないし」。
寝ているのかずっと目は閉じていて、話しかけても前のように目をあいたり返事をしたりすることはない。
それでも母のほっぺも手も温かい。
手をきゅっと握ると少し握りかえしてくる。
だいじょうぶだ。まだまだ生きている。
初暦(はつごよみ)未知の月日の美しく
実家には来年の新しいカレンダーがたくさんあった。
新しいカレンダーを1枚ずつめくるとき、決まってこの句を思い出す。
今は亡くなってしまった仕事での訪問先のおじいちゃんの句。
90歳近くまで一人暮らしでいつもにこにこ穏やかな笑みをたやさない方だった。
「初暦」という言葉、「未知の月日」という言葉。
だれも足跡をつけていない清らかな新雪のよう。
思わず背筋が伸びるようだ。
これからの一年。まっさらな一年。
何かこう希望に満ちあふれているかのような未知の月日。
母の命はいつまであるのか。父は元気でいられるのか。
人生いくつになっても初めてのことばかり。
とにかく未知の月日がまた始まる。
はい。実家です。
iPhoneから書けるってことはこんなに便利なのねえ。
日中でも氷点下だけど極暖ヒートテックと普通のタートルのヒートテック2枚重ねのおかげで寒くない!
下も足首までのヒートテックとヒートテックハイソックス、それに裏フリースの暖パン。これは最強の組み合わせ。
ユニクロさんホントにありがとう。
驚いたことに母はまたまた復活していた。
はあーーーよかった!
「食べるようになったみたいだよ」と父が言うので半信半疑で施設訪問。
外の極寒とは別世界の暖かい部屋のベッドに母は横たわっていた。
部屋に来てくれた看護師さん「だいじょうぶ。少しずつだけどまだまだ食べられるし、痰もからまないし」。
寝ているのかずっと目は閉じていて、話しかけても前のように目をあいたり返事をしたりすることはない。
それでも母のほっぺも手も温かい。
手をきゅっと握ると少し握りかえしてくる。
だいじょうぶだ。まだまだ生きている。
初暦(はつごよみ)未知の月日の美しく
実家には来年の新しいカレンダーがたくさんあった。
新しいカレンダーを1枚ずつめくるとき、決まってこの句を思い出す。
今は亡くなってしまった仕事での訪問先のおじいちゃんの句。
90歳近くまで一人暮らしでいつもにこにこ穏やかな笑みをたやさない方だった。
「初暦」という言葉、「未知の月日」という言葉。
だれも足跡をつけていない清らかな新雪のよう。
思わず背筋が伸びるようだ。
これからの一年。まっさらな一年。
何かこう希望に満ちあふれているかのような未知の月日。
母の命はいつまであるのか。父は元気でいられるのか。
人生いくつになっても初めてのことばかり。
とにかく未知の月日がまた始まる。
施設にいる母。11月から全身状態が低下し一時入院した。
もう延命もしない、という苦渋の決断をしたので病院ではやれることがなく今は施設に戻っている。
ほとんど眠っている様子らしい。
施設の職員さんたちが口から少しずつ水分や栄養ゼリーを入れるようがんばってくれているが、飲み込みができなければそれまで。
2年前のちょうど今頃も食べられなくなりもうダメだと覚悟を決めた。葬式の段取りまで考えた。
が、入院しての中心静脈栄養のおかげで奇跡の復活をとげる。
ほとんど寝たきりで私が行ってもだれかわからない。でもやっぱりこうして母が生きているというだけでいいんだな、と思いながら2年が過ぎた。
今回も2年前と同じく、父と私と妹は決断を迫られる。
「もう口からは食べられないだろうから鼻から栄養入れますか?
手術に耐えられる体ではないので胃ろうはもうできません。
ご家族でよく話し合って考えをまとめてください」。
ダンナの母も胃ろうで寝たきりで病院で何年か過ごした。親戚のおばあちゃんも胃ろうで100歳過ぎまで生きた。
二人とも本人意識なく生きているというだけの状態。
でも息子たちは言う。どんな形であれ生きてそこにいるというだけでよかったよ、と。
私も父もそのことが頭にあったので、延命は本人には苦しいだけかもしれないけど何か今の医療でやれることがあったらやってもらったほうがいいのかな、とぼやっと思っていいた。
2年前にも栄養を入れたおかげで命を長らえたということもあったし。
ところが妹は違った。
「延命?そんなのは介護してない人の言う言葉」。
キッパリそう言いはなった。
ああ。そうだ。そうだよね。
妹の言うことは身につまされた。
母が倒れてから6年、何かというと近くにいる妹が父母を見てきた。
妹のダンナのお母さんも見ているので、3人の高齢者のお世話をしていることになる。
うちに関して言えば、高齢の父や遠くにいる姉(私)はいざというとき役に立たない。何かあれば夜中でもなんでもかけつけるのは妹。
いつ夜中に電話があるかと思うとゆっくり寝られない。
近くにいるのだからとしょっちゅう様子を見に行って当たり前。
行かなきゃ行かないで責められてる気がする。行けば行ったですっかりやせて死にそうな様子を見ることになりつらい。
そんな中で父の通院や留守番で呼ばれればかけつけたりで、とにかく身も心もボロボロ。
やりたいことはいつも後回し。落ち着いて休むこともできない。これが一体いつまで続くのか。もう限界だ、と。
妹は心根が私よりずっとやさしくお世話好きだ。自分のことを後回しにしても人のために喜んでもらえることを優先する。
今回だって、母に長生きしてもらいたいのは妹も同じ。
それでもそれでも・・・一番そばにいるからこそ一番「延命」を重く受け止めての妹の気持ちなのだ。
経鼻栄養でもやってもらえたらと思っていたものの、私と父は言葉を飲み込み何も言えなかった。
父と私は実家へ帰宅。妹は自宅へ。
次の日の朝、父は言った。
「俺が息子なら延命する。でも俺の方が先に逝くかもしれない。そうなったらあれ(妹)ひとりでは背負いきれない。2年前は俺もまだ元気だったし、ばあさんもまだ80にもなってないのだからなんとかしたいと思ったけど、あれから2年もがんばった。年が明ければ81だ。もういいんじゃないか。このままじゃあれ(妹)がかわいそうだ」。
・・・私も実家近くで生活していたならなんとかできたかもしれない。
今の状態では生活の基盤が離れていてすぐに何度も行ったり来たりできない。
かといってやっと保っている今のこちらでの生活を放って実家に戻ることもできない。
言葉には出さなかったが、父の決断を申し訳なくつらく受け止める。
親から離れたところに住むという選択をした以上、いつかこういう日がくることがわかっていたはずではないのか。
先延ばしにして思考停止していたけれどこういう日は必ず来るのだ。
それと同時に・・・私の築き上げたかった生活とはかけ離れてしまったシェアハウスもどきの家族を思う。
言葉の少ないつまらないダンナ。親とか息子とかめんどくせぇと思っている息子。会話もないので食事をいっしょに食べる気にもならず団らんなんてもちろんない。
娘とは話もよくするしいっしょに出かけたりもするが、娘は出ていく人。
娘がいなくなったら私はこの家で話す相手もいない。
私が20何年かかってなんとか築き上げたかったものは形にはならないでしまった。がんばってもがんばってもだめだった。
きっとシェアハウスだからこそなんとか顔を見たりしていないとすぐに空中分解してしまう、そうわかっているからここを離れられないでいるのかな。
せめて娘が家にいるうちは、と。
こんな思いをしてまで私はいったい何を守ろうといているのか?と父母に対して申しわけなく情けない気持ちになる。
遠くに離れてしまった娘はそれだけで親不孝者だ。
もう延命もしない、という苦渋の決断をしたので病院ではやれることがなく今は施設に戻っている。
ほとんど眠っている様子らしい。
施設の職員さんたちが口から少しずつ水分や栄養ゼリーを入れるようがんばってくれているが、飲み込みができなければそれまで。
2年前のちょうど今頃も食べられなくなりもうダメだと覚悟を決めた。葬式の段取りまで考えた。
が、入院しての中心静脈栄養のおかげで奇跡の復活をとげる。
ほとんど寝たきりで私が行ってもだれかわからない。でもやっぱりこうして母が生きているというだけでいいんだな、と思いながら2年が過ぎた。
今回も2年前と同じく、父と私と妹は決断を迫られる。
「もう口からは食べられないだろうから鼻から栄養入れますか?
手術に耐えられる体ではないので胃ろうはもうできません。
ご家族でよく話し合って考えをまとめてください」。
ダンナの母も胃ろうで寝たきりで病院で何年か過ごした。親戚のおばあちゃんも胃ろうで100歳過ぎまで生きた。
二人とも本人意識なく生きているというだけの状態。
でも息子たちは言う。どんな形であれ生きてそこにいるというだけでよかったよ、と。
私も父もそのことが頭にあったので、延命は本人には苦しいだけかもしれないけど何か今の医療でやれることがあったらやってもらったほうがいいのかな、とぼやっと思っていいた。
2年前にも栄養を入れたおかげで命を長らえたということもあったし。
ところが妹は違った。
「延命?そんなのは介護してない人の言う言葉」。
キッパリそう言いはなった。
ああ。そうだ。そうだよね。
妹の言うことは身につまされた。
母が倒れてから6年、何かというと近くにいる妹が父母を見てきた。
妹のダンナのお母さんも見ているので、3人の高齢者のお世話をしていることになる。
うちに関して言えば、高齢の父や遠くにいる姉(私)はいざというとき役に立たない。何かあれば夜中でもなんでもかけつけるのは妹。
いつ夜中に電話があるかと思うとゆっくり寝られない。
近くにいるのだからとしょっちゅう様子を見に行って当たり前。
行かなきゃ行かないで責められてる気がする。行けば行ったですっかりやせて死にそうな様子を見ることになりつらい。
そんな中で父の通院や留守番で呼ばれればかけつけたりで、とにかく身も心もボロボロ。
やりたいことはいつも後回し。落ち着いて休むこともできない。これが一体いつまで続くのか。もう限界だ、と。
妹は心根が私よりずっとやさしくお世話好きだ。自分のことを後回しにしても人のために喜んでもらえることを優先する。
今回だって、母に長生きしてもらいたいのは妹も同じ。
それでもそれでも・・・一番そばにいるからこそ一番「延命」を重く受け止めての妹の気持ちなのだ。
経鼻栄養でもやってもらえたらと思っていたものの、私と父は言葉を飲み込み何も言えなかった。
父と私は実家へ帰宅。妹は自宅へ。
次の日の朝、父は言った。
「俺が息子なら延命する。でも俺の方が先に逝くかもしれない。そうなったらあれ(妹)ひとりでは背負いきれない。2年前は俺もまだ元気だったし、ばあさんもまだ80にもなってないのだからなんとかしたいと思ったけど、あれから2年もがんばった。年が明ければ81だ。もういいんじゃないか。このままじゃあれ(妹)がかわいそうだ」。
・・・私も実家近くで生活していたならなんとかできたかもしれない。
今の状態では生活の基盤が離れていてすぐに何度も行ったり来たりできない。
かといってやっと保っている今のこちらでの生活を放って実家に戻ることもできない。
言葉には出さなかったが、父の決断を申し訳なくつらく受け止める。
親から離れたところに住むという選択をした以上、いつかこういう日がくることがわかっていたはずではないのか。
先延ばしにして思考停止していたけれどこういう日は必ず来るのだ。
それと同時に・・・私の築き上げたかった生活とはかけ離れてしまったシェアハウスもどきの家族を思う。
言葉の少ないつまらないダンナ。親とか息子とかめんどくせぇと思っている息子。会話もないので食事をいっしょに食べる気にもならず団らんなんてもちろんない。
娘とは話もよくするしいっしょに出かけたりもするが、娘は出ていく人。
娘がいなくなったら私はこの家で話す相手もいない。
私が20何年かかってなんとか築き上げたかったものは形にはならないでしまった。がんばってもがんばってもだめだった。
きっとシェアハウスだからこそなんとか顔を見たりしていないとすぐに空中分解してしまう、そうわかっているからここを離れられないでいるのかな。
せめて娘が家にいるうちは、と。
こんな思いをしてまで私はいったい何を守ろうといているのか?と父母に対して申しわけなく情けない気持ちになる。
遠くに離れてしまった娘はそれだけで親不孝者だ。
結局のところショッピングモールはめちゃ混みでクリスマスの気分を味わうどころではなかった。しかも暖房効きすぎて暑い。
祝日のクリスマス前だから当然のように子供は多くて、足元にぶつかってきたりして気をつかうし。
雑貨屋さんをゆっくり見てかわいいクリスマス小物でも買おうと思ってたけど、とにかく混んでてそんな気にもなれず。ケーキだけ買って帰りました。
で、毎年のことだけど会話もないままおとうさんムスムス食べる。
まさかの息子帰宅だったがこれまた何もしゃべらず食べる。男たちはホントつまんない!
自分が思い描いていた家族像とはあまりにもかけ離れたところにある現実。
ダンナに関してはとうの昔にあきらめているが、息子までこんなんで。なんでこうなっちゃったんだろうね?
がんばっていろいろやってることが男たちに関してはほとんど空回り。
会話も成り立たず。
はあー。
夜10時すぎバイトあけの娘帰宅。
チキンもカニグラタンもケーキもおいしーい!と言葉に出して言い、やっと私も笑顔になれる。まったくもうホントこれで娘いなくなったら会話も笑顔もないシェアハウスだよ。
とりあえずクリスマスは終了した。
子供が成人したご家庭ではみなさんクリスマスどうしてるんだろう?
祝日のクリスマス前だから当然のように子供は多くて、足元にぶつかってきたりして気をつかうし。
雑貨屋さんをゆっくり見てかわいいクリスマス小物でも買おうと思ってたけど、とにかく混んでてそんな気にもなれず。ケーキだけ買って帰りました。
で、毎年のことだけど会話もないままおとうさんムスムス食べる。
まさかの息子帰宅だったがこれまた何もしゃべらず食べる。男たちはホントつまんない!
自分が思い描いていた家族像とはあまりにもかけ離れたところにある現実。
ダンナに関してはとうの昔にあきらめているが、息子までこんなんで。なんでこうなっちゃったんだろうね?
がんばっていろいろやってることが男たちに関してはほとんど空回り。
会話も成り立たず。
はあー。
夜10時すぎバイトあけの娘帰宅。
チキンもカニグラタンもケーキもおいしーい!と言葉に出して言い、やっと私も笑顔になれる。まったくもうホントこれで娘いなくなったら会話も笑顔もないシェアハウスだよ。
とりあえずクリスマスは終了した。
子供が成人したご家庭ではみなさんクリスマスどうしてるんだろう?
日にちはあっという間に流れてはや年末。
12月22日冬至です。
きょうは特別な冬至で「朔旦冬至(さくたんとうじ)」というらしい。
太陽と月がこの日をさかいに復活するという大変おめでたい日は19年に一度。
が、暦の不具合のため次回の朔旦冬至は38年後だって。
アタマの中で自分の年に38を足す。
・・・死んでるな。というかその時無事に日本国は続いているのか??
12月に入って日々またまた忙しく、というのも忘年会の幹事だったんだよねえー。これは無事終了。
そして実家の母が今度こそダメか?と。とりあえずヤマは越えた。これに関してはまた書こうと思う。
それと農園ゲーム「ヘイデイ」にハマり時間があればついつい農場に行ってしまう日々。
農場で時間を費やしたために時間がなくなり、目を通せない新聞やカタログ類がたまり図書館の本も返せない始末。
農場にいるときはとっても楽しくて時間を忘れるのに、リアルに戻って我にかえる。あーあこの時間があったらもっといろいろできたのに、って。
同じスマホならこうして文章でも書いてたほうがよほど有意義かなあ。
さて世の中はクリスマス。
はやばやとシーでクリスマス気分を味わって終了した気分。
それにしても、ツリーやクリスマスの飾りつけなんかは自分の楽しみのために飾るしケーキも食べたいけど、23日が祝日のためにめんどうな問題が発生するのだった。
おとうさん休みで家にいる・・・。
いっしょにケーキを食べなくちゃいけないのか?
子供たちとクリスマスをやっていたころは祝日前の22日か当日の23日にケーキを食べていた。その方がいろいろと都合がいいから。
ここ2、3年は息子はバイトだったりお出かけだったりでいないから娘と3人でとりあえずケーキやチキンを食べた。
今年は息子は当然いないし娘もバイトで遅い。でもおとうさんお休み。
で娘は「バイト終わって帰って食べるからチキン焼いてシャンメリーとケーキもね!」と。
娘も再来年には家を出るから、まあいるうちはクリスマスかな、と。
おとうさんだけ先に食べてもらうか。何も話もしないでムスムスしてる人といっしょには食べたくないもんな。
平日だったらおとうさん帰りが遅いからこんなこと悩まなくてもいいのに。
子供たちが成長して家でクリスマスをやらなくなるのは自然の流れ。
うちも娘が家を出て行ったらそこでクリスマスは終わりなのかな。
なんかクリスマスとか母の日とか・・・幸せかそうでもないかわざわざ思い知らされて心が乱れる。やだやだ。
それでも。クリスマスは今年もやってくる。
ひとりだってなんだって心持ちによってはキラキラのクリスマスが楽しめるんだから、関係ねえしと思うのももったいない気もする。
竹内まりやの歌にもある。
♪ クリスマスは誰にもやってくる
もしひとりぼっちでも淋しがらずに
心に住むサンタに呼びかけて
幼いころの夢を思い出してごらんよ
思い出すのは自分の子供のころのクリスマスより、子供たちが幼いころのクリスマス。
ツリーやケーキやプレゼントに喜ぶ小さい子供たちと過ごしたクリスマスシーズンの思い出はやっぱり心の中のキラキラ光る宝物。
さてあしたは23日。
おとうさんはお休みで一日年賀状を作成していると思われる。
私は仕事に行って、流れでショッピングモールに行ってクリスマス気分を味わってケーキを買って帰ろう。
12月22日冬至です。
きょうは特別な冬至で「朔旦冬至(さくたんとうじ)」というらしい。
太陽と月がこの日をさかいに復活するという大変おめでたい日は19年に一度。
が、暦の不具合のため次回の朔旦冬至は38年後だって。
アタマの中で自分の年に38を足す。
・・・死んでるな。というかその時無事に日本国は続いているのか??
12月に入って日々またまた忙しく、というのも忘年会の幹事だったんだよねえー。これは無事終了。
そして実家の母が今度こそダメか?と。とりあえずヤマは越えた。これに関してはまた書こうと思う。
それと農園ゲーム「ヘイデイ」にハマり時間があればついつい農場に行ってしまう日々。
農場で時間を費やしたために時間がなくなり、目を通せない新聞やカタログ類がたまり図書館の本も返せない始末。
農場にいるときはとっても楽しくて時間を忘れるのに、リアルに戻って我にかえる。あーあこの時間があったらもっといろいろできたのに、って。
同じスマホならこうして文章でも書いてたほうがよほど有意義かなあ。
さて世の中はクリスマス。
はやばやとシーでクリスマス気分を味わって終了した気分。
それにしても、ツリーやクリスマスの飾りつけなんかは自分の楽しみのために飾るしケーキも食べたいけど、23日が祝日のためにめんどうな問題が発生するのだった。
おとうさん休みで家にいる・・・。
いっしょにケーキを食べなくちゃいけないのか?
子供たちとクリスマスをやっていたころは祝日前の22日か当日の23日にケーキを食べていた。その方がいろいろと都合がいいから。
ここ2、3年は息子はバイトだったりお出かけだったりでいないから娘と3人でとりあえずケーキやチキンを食べた。
今年は息子は当然いないし娘もバイトで遅い。でもおとうさんお休み。
で娘は「バイト終わって帰って食べるからチキン焼いてシャンメリーとケーキもね!」と。
娘も再来年には家を出るから、まあいるうちはクリスマスかな、と。
おとうさんだけ先に食べてもらうか。何も話もしないでムスムスしてる人といっしょには食べたくないもんな。
平日だったらおとうさん帰りが遅いからこんなこと悩まなくてもいいのに。
子供たちが成長して家でクリスマスをやらなくなるのは自然の流れ。
うちも娘が家を出て行ったらそこでクリスマスは終わりなのかな。
なんかクリスマスとか母の日とか・・・幸せかそうでもないかわざわざ思い知らされて心が乱れる。やだやだ。
それでも。クリスマスは今年もやってくる。
ひとりだってなんだって心持ちによってはキラキラのクリスマスが楽しめるんだから、関係ねえしと思うのももったいない気もする。
竹内まりやの歌にもある。
♪ クリスマスは誰にもやってくる
もしひとりぼっちでも淋しがらずに
心に住むサンタに呼びかけて
幼いころの夢を思い出してごらんよ
思い出すのは自分の子供のころのクリスマスより、子供たちが幼いころのクリスマス。
ツリーやケーキやプレゼントに喜ぶ小さい子供たちと過ごしたクリスマスシーズンの思い出はやっぱり心の中のキラキラ光る宝物。
さてあしたは23日。
おとうさんはお休みで一日年賀状を作成していると思われる。
私は仕事に行って、流れでショッピングモールに行ってクリスマス気分を味わってケーキを買って帰ろう。
クリスマスウィッシュ
2014年12月6日 日常 コメント (3)
ハロウィンで10数年ぶりにランドに行き勢いづいて今度はシーへ!
キラキラのシーのクリスマス満喫!と言いたいところですが…
お天気良すぎて変に日差しが強くてクリスマスっぽくない。
そしてめちゃ混み!!
おまけに移動はアップダウンの道を歩く歩く。13キロくらい歩いたね。
何歳まで行けるか?健康のバロメーターになりそう。
子供たちと来ていたときはターキーレッグもうきわまんも値段かける3。
高くて自分は食べないこともあった。
でも今は一人分だからなんでもイケる!
子供たちのつきあいでアトラクションにひたすら並ばなくても自分たちのペースで楽しめる。
ノリでクリスマスバージョンのジェラトーニちゃんも購入。ちっちゃいやつね。
パーク内で耳にするクリスマスソングがとっても懐かしかった。
思い出すのは子供たちが幼稚園のころのクリスマス。
時間つぶしと子守りとクリスマス気分を盛り上げるため、ひたすらこの時期はディズニーアニメのクリスマスソングのビデオをかけていた。
何ものにも代えられない濃密で甘やかな時間だったんだろうなあと今は思う。
でもあの頃に戻りたいなんて絶対思わない。大変だったもん!
バアさんになってもディズニーランド&シー。
これからもときどき来て自分たちの健康を確かめよう!と誓ったのだった。
キラキラのシーのクリスマス満喫!と言いたいところですが…
お天気良すぎて変に日差しが強くてクリスマスっぽくない。
そしてめちゃ混み!!
おまけに移動はアップダウンの道を歩く歩く。13キロくらい歩いたね。
何歳まで行けるか?健康のバロメーターになりそう。
子供たちと来ていたときはターキーレッグもうきわまんも値段かける3。
高くて自分は食べないこともあった。
でも今は一人分だからなんでもイケる!
子供たちのつきあいでアトラクションにひたすら並ばなくても自分たちのペースで楽しめる。
ノリでクリスマスバージョンのジェラトーニちゃんも購入。ちっちゃいやつね。
パーク内で耳にするクリスマスソングがとっても懐かしかった。
思い出すのは子供たちが幼稚園のころのクリスマス。
時間つぶしと子守りとクリスマス気分を盛り上げるため、ひたすらこの時期はディズニーアニメのクリスマスソングのビデオをかけていた。
何ものにも代えられない濃密で甘やかな時間だったんだろうなあと今は思う。
でもあの頃に戻りたいなんて絶対思わない。大変だったもん!
バアさんになってもディズニーランド&シー。
これからもときどき来て自分たちの健康を確かめよう!と誓ったのだった。
青空をバックに柿がすずなり!
古民家で白壁に瓦屋根なんかだと柿の木がさらに映える。郷愁を誘う晩秋の風景だねえ。
今はあまり見かけなくなったが、干し柿が軒下からさがっていたりするとなおいい感じ。
ここで何度も書いてるけど、私は柿と南部せんべいは子供のころ一生分食べたのでもうけっこう。
買った柿をもらう分にはありがたく食べる。だってみずみずしくて甘くておいしいもん。
が、庭先になってるのはちょっとね。毎年近所の人から30個くらいもらうんだけど消費しきれず。
うちの人たちももらった柿は食べない。まずくはないけど買ったものと同じ果物か?というほど別物だ。
私たちの少し上の世代の人たちの話だと、人んちの柿をとって食べたとか当時は甘いものがなくて貴重だったとか。
この固くて甘みも少ない柿がおいしいと思えた時代に思いをはせる。
私なども戦後十数年しかたってないときの生まれだと思うとまだまだ貧しい時代だったんだなあとしみじみ。
昔からの家にはつきものだった柿の木。区画整理や相続がすすむにつれてどんどん切られていく。柿の木のある風景がなくなるのは残念。柿はいらないけどね。
古民家で白壁に瓦屋根なんかだと柿の木がさらに映える。郷愁を誘う晩秋の風景だねえ。
今はあまり見かけなくなったが、干し柿が軒下からさがっていたりするとなおいい感じ。
ここで何度も書いてるけど、私は柿と南部せんべいは子供のころ一生分食べたのでもうけっこう。
買った柿をもらう分にはありがたく食べる。だってみずみずしくて甘くておいしいもん。
が、庭先になってるのはちょっとね。毎年近所の人から30個くらいもらうんだけど消費しきれず。
うちの人たちももらった柿は食べない。まずくはないけど買ったものと同じ果物か?というほど別物だ。
私たちの少し上の世代の人たちの話だと、人んちの柿をとって食べたとか当時は甘いものがなくて貴重だったとか。
この固くて甘みも少ない柿がおいしいと思えた時代に思いをはせる。
私なども戦後十数年しかたってないときの生まれだと思うとまだまだ貧しい時代だったんだなあとしみじみ。
昔からの家にはつきものだった柿の木。区画整理や相続がすすむにつれてどんどん切られていく。柿の木のある風景がなくなるのは残念。柿はいらないけどね。
農園ゲーム「ヘイデイ」。
最近はコレにハマってます!
作物や動物のお世話をしてはパンを焼いたりバターを作ったり。
羊の毛を刈ってはセーターやシャツを作ったり。
やることがいっぱいあって楽しくて忙しいの。
パズドラのときはスタミナがなくなったらダンジョンも行けないけど、これはそういうこともないので時間があれば農場の見回りに。
港に船が来るようになったら積み荷を用意するためにますます忙しい!
きょうなんかポップコーン30個の用意に追われて大変!
仕事でたまたまいっしょになった農園仲間と話す。
「もうきょうはポップコーン30個作らなくちゃだから、こんな仕事なんかしてらんないよ」。
「私もかぼちゃパイ焼かなくちゃ!仕事してる場合じゃない!」。
いやホント楽しいんだけどね。
根が真面目でビンボー症なもんだからゲームの中でもせっせと働いてコツコツとやってしまうのだった。
おかげでただでさえ忙しいのにもっと忙しくなってしまっていつも時間に追われてる。
この時間とエネルギーを別のことに向けたらさぞ、とは思うんだけどねえ。
最近はコレにハマってます!
作物や動物のお世話をしてはパンを焼いたりバターを作ったり。
羊の毛を刈ってはセーターやシャツを作ったり。
やることがいっぱいあって楽しくて忙しいの。
パズドラのときはスタミナがなくなったらダンジョンも行けないけど、これはそういうこともないので時間があれば農場の見回りに。
港に船が来るようになったら積み荷を用意するためにますます忙しい!
きょうなんかポップコーン30個の用意に追われて大変!
仕事でたまたまいっしょになった農園仲間と話す。
「もうきょうはポップコーン30個作らなくちゃだから、こんな仕事なんかしてらんないよ」。
「私もかぼちゃパイ焼かなくちゃ!仕事してる場合じゃない!」。
いやホント楽しいんだけどね。
根が真面目でビンボー症なもんだからゲームの中でもせっせと働いてコツコツとやってしまうのだった。
おかげでただでさえ忙しいのにもっと忙しくなってしまっていつも時間に追われてる。
この時間とエネルギーを別のことに向けたらさぞ、とは思うんだけどねえ。
今シーズンも万平ホテルのロイヤルミルクティーをいただくことができました。
洋梨のタルトもいっしょに。向こう側はアップルパイ。
しっとり落ち着いたクラシックホテルでの極上の一品。
あー生きててよかったあ。
今回の目的は軽井沢アウトレットプラチナバーゲン。
MAX80%オフ!ってうたい文句にはあるけど、そんなのには出会わなかったよ。
だいたい20パーオフくらいかな。
冬の上着がほしかったの。
とにかく軽くて暖かいやつ。
冬の上着で重宝してるのはユニクロウルトラライトダウン。
軽くて薄くて最高にあったかい!
でもあくまでも実用重視の一品なので、なんかこうコジャレた上着がほしいなーとあれこれ見た。
ところが広大なアウトレット歩いても歩いてもコレ!と思うモノには出会えない。
しゃれたものに限ってずっしり重かったり寒いんじゃないの?と思ったり。
主婦友たちに「選ぶ基準がウルトラライトダウンじゃ実用では何も勝てないんじゃないの?」と。
そうだ。今自分が着てるものが一番あったかくて軽い。たとえ町のいたるところでじいさんやばあさんとユニかぶりするとしても。
このままでは今年もまたユニクロかイトーヨーカドーだあ。どうしてこんなにお店には服があふれかえってるのにいいと思うのがないんだろう。
などと思って1万歩以上歩き至った結論。
ウルトラライトダウンに勝るモノなし!
はううー。
そうだよねえ。気がつけばすっかりユニクロさんのお世話になってます。
電気ガス水道と並んですでにライフライン?
ユニクロなしでは冬は越せないのだった。
ということで何も買わなかったけどお腹もココロも満たされた軽井沢での1日でした。
洋梨のタルトもいっしょに。向こう側はアップルパイ。
しっとり落ち着いたクラシックホテルでの極上の一品。
あー生きててよかったあ。
今回の目的は軽井沢アウトレットプラチナバーゲン。
MAX80%オフ!ってうたい文句にはあるけど、そんなのには出会わなかったよ。
だいたい20パーオフくらいかな。
冬の上着がほしかったの。
とにかく軽くて暖かいやつ。
冬の上着で重宝してるのはユニクロウルトラライトダウン。
軽くて薄くて最高にあったかい!
でもあくまでも実用重視の一品なので、なんかこうコジャレた上着がほしいなーとあれこれ見た。
ところが広大なアウトレット歩いても歩いてもコレ!と思うモノには出会えない。
しゃれたものに限ってずっしり重かったり寒いんじゃないの?と思ったり。
主婦友たちに「選ぶ基準がウルトラライトダウンじゃ実用では何も勝てないんじゃないの?」と。
そうだ。今自分が着てるものが一番あったかくて軽い。たとえ町のいたるところでじいさんやばあさんとユニかぶりするとしても。
このままでは今年もまたユニクロかイトーヨーカドーだあ。どうしてこんなにお店には服があふれかえってるのにいいと思うのがないんだろう。
などと思って1万歩以上歩き至った結論。
ウルトラライトダウンに勝るモノなし!
はううー。
そうだよねえ。気がつけばすっかりユニクロさんのお世話になってます。
電気ガス水道と並んですでにライフライン?
ユニクロなしでは冬は越せないのだった。
ということで何も買わなかったけどお腹もココロも満たされた軽井沢での1日でした。
盛岡 光原社可否館(こーひーかん)
画像です→
「かつて暮らした土地や懐かしの場所を訪ねて感慨にふけるというのは、それなりの過去を持つようになった人間の楽しみ、あるいは悲しみの手段の一つであろう。過去の自分と現在の自分との対比になるのである」。
11月7日の日経夕刊のコラム
過去の自分と現在の自分の対比かあー。
私も「それなりの過去」を持つようになったんだな、とコラム読んでしみじみ。
先日20数年の時を経て懐かしい珈琲屋さんに行き、その店内だけは時が止まったような不思議な感覚だった。
宮沢賢治ゆかりの地だからホントにあそこだけは時が止まっていたのかもしれないな、なんて思う。
最後に盛岡の光原社で珈琲飲んだのは27歳のとき。
独身で一人暮らしだったのでお金も時間も自分の自由に使えた。
時代はバブルでトレンディドラマなんぞ流行っており、なんだかそんなふうなイケイケな気分だった。
まだまだ自分は何者にでもなれるという可能性を少しも疑わなかった時期。
一方で人生が定まっていない漠然とした将来への不安もあった。
今思うと精一杯強がってたと思う。
もし当時の自分に出会えたら今の自分はなんて声をかけるだろう。
「もっと肩の力抜いてさー。人生なんてなるようにしかならないんだからさー」。なーんて話しても聞く耳なんか持たないだろうな。
いくら先人が何かを語ったところで、自分の目で見たり体験したことじゃないと人間ってほんとに納得はしないと思うから。
40後半くらいからかな。
あまり流れに逆らわず、それでも希望は持ち続け毎日の生活を丁寧に生きていく。
そうすると自分にとって最もふさわしいタイミングで神様が願いごとをかなえてくれるんじゃないかと思えるようになった。
願いごととかおおげさなものじゃなくて、こうだったらいいなあってことね。
犬を飼いたいとか自分の部屋がほしいとか北海道に行きたいとかディズニーランドに行きたいとかそんなこと。
実際ほんとにこれ以上ない!ってくらい絶妙なタイミングで願いはかなっている。
30代で人生に迷っていたとき読んだ本にこう書いてあった。
「繰り返される思考は潜在意識に働きかけ実現される。→こうだったらいいなこうなりたいなという願いは想い続けるとかなう。しかも一番いいタイミングで。願いごとがかなっていないのはまだ『その時期ではない』から。
注意すべき点は脳はプラスの思考とマイナスの思考を区別できない。
こうならなければいいなと繰り返し最悪の結果を思考すると、それがその人の希望であると脳はとらえ実現してしまう。
だから常に良いイメージを持ち続けることが大切」。
もっと早くこの言葉に出会っていれば、人生に迷うこともなかったかもね。
若いころに過ごした場所にいろいろ行ってみたいと思った。
またタイムスリップみたいな不思議な感覚を味わえるかも。
人生の道のりをたどるみたいなこんなこと、私も年をとったってことだよねえ。
画像です→
「かつて暮らした土地や懐かしの場所を訪ねて感慨にふけるというのは、それなりの過去を持つようになった人間の楽しみ、あるいは悲しみの手段の一つであろう。過去の自分と現在の自分との対比になるのである」。
11月7日の日経夕刊のコラム
過去の自分と現在の自分の対比かあー。
私も「それなりの過去」を持つようになったんだな、とコラム読んでしみじみ。
先日20数年の時を経て懐かしい珈琲屋さんに行き、その店内だけは時が止まったような不思議な感覚だった。
宮沢賢治ゆかりの地だからホントにあそこだけは時が止まっていたのかもしれないな、なんて思う。
最後に盛岡の光原社で珈琲飲んだのは27歳のとき。
独身で一人暮らしだったのでお金も時間も自分の自由に使えた。
時代はバブルでトレンディドラマなんぞ流行っており、なんだかそんなふうなイケイケな気分だった。
まだまだ自分は何者にでもなれるという可能性を少しも疑わなかった時期。
一方で人生が定まっていない漠然とした将来への不安もあった。
今思うと精一杯強がってたと思う。
もし当時の自分に出会えたら今の自分はなんて声をかけるだろう。
「もっと肩の力抜いてさー。人生なんてなるようにしかならないんだからさー」。なーんて話しても聞く耳なんか持たないだろうな。
いくら先人が何かを語ったところで、自分の目で見たり体験したことじゃないと人間ってほんとに納得はしないと思うから。
40後半くらいからかな。
あまり流れに逆らわず、それでも希望は持ち続け毎日の生活を丁寧に生きていく。
そうすると自分にとって最もふさわしいタイミングで神様が願いごとをかなえてくれるんじゃないかと思えるようになった。
願いごととかおおげさなものじゃなくて、こうだったらいいなあってことね。
犬を飼いたいとか自分の部屋がほしいとか北海道に行きたいとかディズニーランドに行きたいとかそんなこと。
実際ほんとにこれ以上ない!ってくらい絶妙なタイミングで願いはかなっている。
30代で人生に迷っていたとき読んだ本にこう書いてあった。
「繰り返される思考は潜在意識に働きかけ実現される。→こうだったらいいなこうなりたいなという願いは想い続けるとかなう。しかも一番いいタイミングで。願いごとがかなっていないのはまだ『その時期ではない』から。
注意すべき点は脳はプラスの思考とマイナスの思考を区別できない。
こうならなければいいなと繰り返し最悪の結果を思考すると、それがその人の希望であると脳はとらえ実現してしまう。
だから常に良いイメージを持ち続けることが大切」。
もっと早くこの言葉に出会っていれば、人生に迷うこともなかったかもね。
若いころに過ごした場所にいろいろ行ってみたいと思った。
またタイムスリップみたいな不思議な感覚を味わえるかも。
人生の道のりをたどるみたいなこんなこと、私も年をとったってことだよねえ。
ホームセンターのカートだいすき♡
ホームセンターへ。
犬用カートがあるのでポメ子も大喜び。
得意げに笑顔でカートに乗りしっぽをふりつつ店内巡回。
普段は超ビビリで人も犬もダメなのに目線が高いといいのかなあ。
そういえばビオラが足りないなと外のガーデニングコーナーへ。
黄色や紫のビオラパンジーが揺れる横はさまざまな球根が。
今こそ根活!の文字が踊る。ほうコンカツね。
去年リフォームしたときに庭も手をいれたので、チューリップとスノードロップの球根を買おうと思う。
今どきのチューリップはいろんな種類があるんだな。
白とピンクの花桃の隣に植えるからピンクのがいいかな。
ということで花びらの先がフリフリになってる乙女なチューリップを購入。
春が楽しみ。
ホームセンターへ。
犬用カートがあるのでポメ子も大喜び。
得意げに笑顔でカートに乗りしっぽをふりつつ店内巡回。
普段は超ビビリで人も犬もダメなのに目線が高いといいのかなあ。
そういえばビオラが足りないなと外のガーデニングコーナーへ。
黄色や紫のビオラパンジーが揺れる横はさまざまな球根が。
今こそ根活!の文字が踊る。ほうコンカツね。
去年リフォームしたときに庭も手をいれたので、チューリップとスノードロップの球根を買おうと思う。
今どきのチューリップはいろんな種類があるんだな。
白とピンクの花桃の隣に植えるからピンクのがいいかな。
ということで花びらの先がフリフリになってる乙女なチューリップを購入。
春が楽しみ。
11月2日の日記に載せたかった写真がコレ。
盛岡城跡公園の紅葉。
寒いところの紅葉はくっきり鮮やかめちゃキレイよ。
iPhoneからログインして書くってことがやっとできるようになりました。
今まではなんか字がちっちゃくて目が悪くなりそうーって思ってたんだけど、ゲームのおかげでどうせ目はシパシパする・・・。
で、やってみたらけっこう手軽に更新できていい感じ。
でも2日の写真何度やってもあがらなかったなあー。あとで編集で入れてもダメ。きのうのはすぐできたのに。
春は桜。初夏は新緑。夏は暑くて外出できず。
秋は紅葉。冬はイルミ。
四季おりおりの楽しみを見つけることが楽しい。
今年のイルミネーションはどこに行こうかな?
盛岡城跡公園の紅葉。
寒いところの紅葉はくっきり鮮やかめちゃキレイよ。
iPhoneからログインして書くってことがやっとできるようになりました。
今まではなんか字がちっちゃくて目が悪くなりそうーって思ってたんだけど、ゲームのおかげでどうせ目はシパシパする・・・。
で、やってみたらけっこう手軽に更新できていい感じ。
でも2日の写真何度やってもあがらなかったなあー。あとで編集で入れてもダメ。きのうのはすぐできたのに。
春は桜。初夏は新緑。夏は暑くて外出できず。
秋は紅葉。冬はイルミ。
四季おりおりの楽しみを見つけることが楽しい。
今年のイルミネーションはどこに行こうかな?
あれー?
盛岡城跡の写真アップできてない・・・なぜ?
盛岡三大麺といえばわんこそば・盛岡冷麺・じゃじゃ麺。
じゃじゃ麺の老舗白龍(ぱいろん)が盛岡城跡公園の近くにある。
そちらは男性客が多く老舗すぎて一人ではちょっと入りにくいので、デパ地下の支店のほうへ。
盛岡にいたときは飲みのシメで食べたものだった。
ジャージャー麺とはルーツは同じらしいけど別物。ちなみにじゃじゃ!は盛岡でのじぇじぇ!でびっくりしたときの言葉ね。
アチチな柔らかいうどんに肉味噌とキュウリと紅しょうがトッピングされて出てくる。それにお好みで酢やしょうゆ、しょうが、にんにくなどまぜまぜして食べる。麺のあとはチータンタンという卵スープ。
うーひさしぶりの味!こういう味のものは初めはえ?と思うけどなぜかまた食べたくなるのがフシギ。
まあ私は盛岡冷麺のほうが好きかな。
紅葉散歩のラストは光原社可否館(コーヒーかん)でお茶。
宮沢賢治の「注文の多い料理店」を出版した光原社。
今は素敵な工芸品や織物など取り扱っている。
敷地内にあるレトロな喫茶店が可否館。
盛岡時代のお気に入りでそのうち行こう行こうと思いつつ25年が過ぎてしまっていた。すごいね四半世紀だよ。
ドアを押して入ると・・・フワーっと珈琲の香りに包まれタイムスリップしたよう。そこだけゆったりと静かに時が止まっていたみたいだった。
外でコーヒー飲むときはブラックなんだけど、ここは小さい陶器の器に入れられたコーヒーミルクがなんかおいしかった(過去形)んだよね、と入れてみた。
うん!この味。独特のコクがコーヒーの味をひきたてる。
ワインゼリーも絶品だったなあ、とオーダーしてみる。薄い高脚のグラスで供される繊細なワインゼリー。
ああー。25年前に戻ったみたいな感覚。
こうやって来てみればすぐ来れた場所。
同じ空の下それぞれの時を重ねて25年。
振り返ってみれば時の過ぎ去るのはあっという間です。
盛岡城跡の写真アップできてない・・・なぜ?
盛岡三大麺といえばわんこそば・盛岡冷麺・じゃじゃ麺。
じゃじゃ麺の老舗白龍(ぱいろん)が盛岡城跡公園の近くにある。
そちらは男性客が多く老舗すぎて一人ではちょっと入りにくいので、デパ地下の支店のほうへ。
盛岡にいたときは飲みのシメで食べたものだった。
ジャージャー麺とはルーツは同じらしいけど別物。ちなみにじゃじゃ!は盛岡でのじぇじぇ!でびっくりしたときの言葉ね。
アチチな柔らかいうどんに肉味噌とキュウリと紅しょうがトッピングされて出てくる。それにお好みで酢やしょうゆ、しょうが、にんにくなどまぜまぜして食べる。麺のあとはチータンタンという卵スープ。
うーひさしぶりの味!こういう味のものは初めはえ?と思うけどなぜかまた食べたくなるのがフシギ。
まあ私は盛岡冷麺のほうが好きかな。
紅葉散歩のラストは光原社可否館(コーヒーかん)でお茶。
宮沢賢治の「注文の多い料理店」を出版した光原社。
今は素敵な工芸品や織物など取り扱っている。
敷地内にあるレトロな喫茶店が可否館。
盛岡時代のお気に入りでそのうち行こう行こうと思いつつ25年が過ぎてしまっていた。すごいね四半世紀だよ。
ドアを押して入ると・・・フワーっと珈琲の香りに包まれタイムスリップしたよう。そこだけゆったりと静かに時が止まっていたみたいだった。
外でコーヒー飲むときはブラックなんだけど、ここは小さい陶器の器に入れられたコーヒーミルクがなんかおいしかった(過去形)んだよね、と入れてみた。
うん!この味。独特のコクがコーヒーの味をひきたてる。
ワインゼリーも絶品だったなあ、とオーダーしてみる。薄い高脚のグラスで供される繊細なワインゼリー。
ああー。25年前に戻ったみたいな感覚。
こうやって来てみればすぐ来れた場所。
同じ空の下それぞれの時を重ねて25年。
振り返ってみれば時の過ぎ去るのはあっという間です。
実家に行くついでに盛岡まで足を延ばす。
紅葉の時期の盛岡は何十年ぶりか。
最初の任地で青春の数ページ?緯度の高い地方都市特有の透明感があって札幌とともに大好きな場所です。
写真は盛岡城跡公園。
紅葉の名所。お天気も良かったので青い空に赤や黄色が映えて鮮やか。
土や枯れ葉の香りに包まれて秋を満喫!
石川啄木の歌碑や苔むした城の石垣を眺めては古に想いを馳せる。
盛岡城のお殿様もこうして紅葉を愛でたのかなあとか。
啄木は授業を抜け出してここに寝っ転がってたこんな青い空を見たんだなあとか。
啄木の歌→不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心
(こずかたのおしろ=盛岡城)
市内を流れる鮭が遡上する中津川や、遠くに見える雪を抱きはじめた雄大な岩手山を見ながらゆっくりお散歩。
こんなに雰囲気のあるいいところなのに、住んでた当時は仕事に追われて休みの日はぐったり寝てて散策どころじゃなかった。
もったいなかったなあー。
紅葉の時期の盛岡は何十年ぶりか。
最初の任地で青春の数ページ?緯度の高い地方都市特有の透明感があって札幌とともに大好きな場所です。
写真は盛岡城跡公園。
紅葉の名所。お天気も良かったので青い空に赤や黄色が映えて鮮やか。
土や枯れ葉の香りに包まれて秋を満喫!
石川啄木の歌碑や苔むした城の石垣を眺めては古に想いを馳せる。
盛岡城のお殿様もこうして紅葉を愛でたのかなあとか。
啄木は授業を抜け出してここに寝っ転がってたこんな青い空を見たんだなあとか。
啄木の歌→不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心
(こずかたのおしろ=盛岡城)
市内を流れる鮭が遡上する中津川や、遠くに見える雪を抱きはじめた雄大な岩手山を見ながらゆっくりお散歩。
こんなに雰囲気のあるいいところなのに、住んでた当時は仕事に追われて休みの日はぐったり寝てて散策どころじゃなかった。
もったいなかったなあー。
ユニバーサルスタジオジャパンができたのはいつのことだったか。
その昔ロスアンゼルスで行って感激して、日本にもできたので絶対絶対いつか行く!そのうち行ける!と思って早や10数年間が過ぎた。
10年の単位でモノを語るとは自分も年をとったもんだと思うが・・・
ここ20年は子育てだったりビンボーだったりでそれどころではなくて。
そろそろ?と思ってたところにハリポタエリア登場!
これはきっと神様がカモーンUSJ!と誘っているに違いない。
暑い夏は行けないから秋になったら、と主婦友たちにも声をかけ下調べを始めたのが7月のこと。
ところが。
USJの乗りたいと思っていたライドはデンジャラスすぎて乗れそうにないのばかりなのだった。
「ハリーポッター 酔う」なんて検索しようものなら出てくる出てくる危険な体験談が。
え?ディズニーランドのスターツアーズがダメな人はUSJのライドはダメ?
・・・若い人たちでさえ酔うんだからオバサンはアウトなのでは。
いつか行けると待ちすぎて気がついたときには、もう行けないんだなあとガックリ。
そして出費ね。新幹線ホテル入園料で4万。大阪はゼニや!ってことですいすい乗れるロイヤルパス代、食事、みやげ、大阪観光代としてプラス何万か。
けっこうな出費を覚悟しなくちゃ。
いやその出費も楽しめればいいけれど「年寄りの冷や水」でアウトじゃなあー。
10月に入って娘(ハタチ)が行く。
「ハリーポッターは酔うとか酔わないとかじゃなくて空飛んでる!だから酔わない。スパイダーマンもとにかくすごい。バックトゥザフューチャーはヤバすぎる。今までにないライドだし映画好きなら行くべき!」と。
ワクワクするようなパンフレットとかお土産。めちゃ楽しそうな写メの数々を前に一度は断念したUSJ熱が再燃。
まあ若者はねえー。ゲンキだし。三半規管弱ってないし。
で、ぜひ中高年の人の実際の感想を聞きたいと思ってたら9月に知り合い(40代後半)が行ったという。
「一番にハリーポッター乗って酔ってしばらくジョーズのところで動けなくなってさー。 でもすごかったよ。乗る価値はある。ダメなら目閉じてればいいし。スパイダーマンも目閉じてた」。
ええー?目閉じてればあ?
ということで、テーマパーク自体10年以上のブランクがあるのでモノは試しということでの先日のディズニー行きになったのだった。
そしてまたまたUSJ行きたい熱に火をつけたのがリンクのポピーさん!
ハリポタばかりか私的に絶対ヤバいヤツと思ってたスペースファンタジーまで乗ったという。
私たち世代でもイケるのか?
三半規管が弱っている私でも乗れるのか??
一度は捨てたJTBのパンフなどをまたまたもらってきた我々アラフィフでした。
その昔ロスアンゼルスで行って感激して、日本にもできたので絶対絶対いつか行く!そのうち行ける!と思って早や10数年間が過ぎた。
10年の単位でモノを語るとは自分も年をとったもんだと思うが・・・
ここ20年は子育てだったりビンボーだったりでそれどころではなくて。
そろそろ?と思ってたところにハリポタエリア登場!
これはきっと神様がカモーンUSJ!と誘っているに違いない。
暑い夏は行けないから秋になったら、と主婦友たちにも声をかけ下調べを始めたのが7月のこと。
ところが。
USJの乗りたいと思っていたライドはデンジャラスすぎて乗れそうにないのばかりなのだった。
「ハリーポッター 酔う」なんて検索しようものなら出てくる出てくる危険な体験談が。
え?ディズニーランドのスターツアーズがダメな人はUSJのライドはダメ?
・・・若い人たちでさえ酔うんだからオバサンはアウトなのでは。
いつか行けると待ちすぎて気がついたときには、もう行けないんだなあとガックリ。
そして出費ね。新幹線ホテル入園料で4万。大阪はゼニや!ってことですいすい乗れるロイヤルパス代、食事、みやげ、大阪観光代としてプラス何万か。
けっこうな出費を覚悟しなくちゃ。
いやその出費も楽しめればいいけれど「年寄りの冷や水」でアウトじゃなあー。
10月に入って娘(ハタチ)が行く。
「ハリーポッターは酔うとか酔わないとかじゃなくて空飛んでる!だから酔わない。スパイダーマンもとにかくすごい。バックトゥザフューチャーはヤバすぎる。今までにないライドだし映画好きなら行くべき!」と。
ワクワクするようなパンフレットとかお土産。めちゃ楽しそうな写メの数々を前に一度は断念したUSJ熱が再燃。
まあ若者はねえー。ゲンキだし。三半規管弱ってないし。
で、ぜひ中高年の人の実際の感想を聞きたいと思ってたら9月に知り合い(40代後半)が行ったという。
「一番にハリーポッター乗って酔ってしばらくジョーズのところで動けなくなってさー。 でもすごかったよ。乗る価値はある。ダメなら目閉じてればいいし。スパイダーマンも目閉じてた」。
ええー?目閉じてればあ?
ということで、テーマパーク自体10年以上のブランクがあるのでモノは試しということでの先日のディズニー行きになったのだった。
そしてまたまたUSJ行きたい熱に火をつけたのがリンクのポピーさん!
ハリポタばかりか私的に絶対ヤバいヤツと思ってたスペースファンタジーまで乗ったという。
私たち世代でもイケるのか?
三半規管が弱っている私でも乗れるのか??
一度は捨てたJTBのパンフなどをまたまたもらってきた我々アラフィフでした。